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悪役令嬢の前世がスーパーなマンだったので、断罪イベントより先に農業革命で国を救ってしまいました(クマとかヴィランもいるよ!)  作者: スカンジナビア半島
4章 Secret Selva

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【二十五】何とかするからスゲーマン

【二十五】


またもジェーンが親を殴った。

今度はヘルミーネのサポートもない。

乱戦はジェーンが動くことですぐに趨勢が決したか。

長はすでに多勢に無勢の状況を作り出している。


戦いの余波でやけに広がった地下空間。

長の命令で里中の戦闘要員が大挙する足音が聞こえた。

惑星の名を冠していても

規模としては里そのものであり、人数も少ない。


だが足腰を鍛えた空手家の群れ、

それもエルフの時間を注ぎ込んだ集団が接近する気配というのは、

地下空間には大地震のように響く。


「あたしがちゃちゃっと片付けてくるわ!」


「いえ、姉さん。長の目を見て!」


エドガーの警告で長の目をじっと観察するジェーン。


「それで!?」


「あの目は何かを企んでいる顔だ!

 ここは俺達が喰い止めます!」


そう言われると、

確かかもしれない。

頼みのフィニーにも去られ、長はすでに万事休すのはずだ。

だが、眼光は死んでいない、気がする。

わからない。もしやまだ、何かあるのか?


「この手だけは使いたくありませんでした」


胸の前で手を合わせ、

開くように下に下ろす。

纏うプレッシャーの質が変わった。

丹田に意識を集中させ、気を練っている。

そのはずだ。


しかし、この状況、ジェーンの速さとパワーと抗える程のものがあるのか。

とりあえずと、ジェーンは長に火を吹いた。

そのまま白い炎に包まれてしまった。


「なにっ!」


あっさりと通った攻撃。

同時に地下へと無数の空手家が雪崩込む。

エドガーの斧が広範囲を薙ぎ払い、

ビギーも両手で次々にやってくる者を昏倒させていく。


「数が多すぎる。流石にこれは大変」


「長を確保してください!」


そうして逃げようということだろう。


「今、目の前で燃えて……灰になってないわね」


無防備で受けたら大火傷、

最低でも酸欠になっていてもおかしくない炎。


だが、長はひたすらに、無我の境地で瞑想に集中している。

彼にマナが流れ込んできている。

いや、そうではなく、存在の在り様が変化している。


「何が起きるかよりも、速攻で動いて止めるべきね!」


フィニー達も確認してから、決断した。

思ったよりも要所要所で動けるハイエルフの彼女だが、

今はまだ保護対象の範囲を出ない。


この母娘の安全のためにも、

長を捕まえて離脱するべきだろう。


「キャッチ&グラブ!!」


飛びついて火の中から長を引っ張り出そうとする。


周りには邪魔する敵がいない。

やってきたヴァルターとヘルミーネは無力化。


ビギーの父はこちらについて、娘と一緒に空手家の流入を喰い止めている。

問題ないはずだった。


「うわあっ!?」


まったくの予想外の出来事。

誰かが止めたのではない。

地下空間で巨大な木の根が跳ね上がった。

太さだけで大型隧道はあるだろうそれ。

ジェーンの剛力とボディにも十分に通じた。


「我らが何故、空手を選んだか、教えましょう」


とてつもない地響き。

里中の空手家がどすどすと分厚い足の裏で走ったどころではない。

本当の、地面そのものがひっくり返る、大震災の兆候めいたもの。


「おお…………長があの”禁忌”を解放成された!!」


「皆のもの、剛体の構えを決して解くな!

 隣が潰れても心を無にせよ!」


「この里も終わりか──!!」


長の部下たちが次々に絶望と覚悟を口にする。

どういうことかわからないが、

彼らにとっての”終わり”が来ようとしているのはわかる。


地下から天井に弾き出されたジェーンが見たのは、

次々に倒れるビルの数々。


両腕を交差して、剛体法によって建物の倒壊に備える、

邪悪なカルト教団の信者めいた空手家達。

僕の時代、そのさらには超先進都市の街並みだったのが、

積み木のように次々と崩れていく。


上に下にと地盤が上下する中では、空手家のバランス力がなくては

里は耐えることも不可能だ。


「ベスとニュルが戻ってきてくれてたらなあ」


「かなり時間がかかっているようだね」


本来は、二人にはヘルミーネのことについて聞きに行かせていた。

彼女の超常的な術への対策を、シスマが知っているかもと考えたからだ。


だが、来ない。よほどのことが向こうであるのか。

まるでわからないが、ともかく来ないのは仕方がない。


「飛ぶよ!」


騒乱の中でフィニー母娘だけは両脇に抱えて空に逃げた。


しかし、すぐにその選択を後悔する。

誰もが立てずに身を硬くして

事態が過ぎるのを待つことしかできない。

そんな突発的災害の正体。

それは、遠くにいるが、主観では目の前にいるかのように近くだった。


「世界樹が立っているだって!?」


その言葉の通りだった。


世界樹が、人間のように根を二股に纏め、

スライムのニュルがしたように、無数の枝を千手めいたものにして立ち上がっていた。

どちらも世界樹の巨きさを鑑みれば、

枝ではなく、空の向こうで雲が絡まっているに等しい。


世界樹が両腕らしき枝を股の位置で重ねていた。


「素晴らしい……なんという威容。

 技術など容易く押し潰す、

 どころか意志一つで消し飛ばせるとも錯覚せんほどの……!」


超常的巨大さの大樹が、

どうしてか己の体に驚いている。

口調、声、どうしてか立ち上がった世界樹から、

長の声が聴こえてきた。


立てばリトルファム首都の一区、

動けば首都が壊滅、歩けば国の崩壊。

そうなって当たり前の巨きさの大樹。


「なのに、あの両手は……!?」


思わず声に出してしまった。

ポーズは空手を体現せしテーマを湛えた”包み拳”。


「里長になるものは、体内の氣の操作の方法を徹底的に学びます。

 そして、どれほどの戦場下だろうと、

 心を正常に保つ術を修めるのです」


長の声が下からではなく、世界樹そのものから聴こえる。

包み拳は、僕の知識では”空手に先手なし”の理念を表現した

実践ではない構えのはず。


「かつて、遥か太古より確認されし貴方の存在。

 それによって乱れ、暴れることを覚えた狂気のマナを鎮めるために、

 私達は空手に人生を捧げているのですよ」


「ごちゃごちゃうるさいわね!

 かなりビックリしたけど、こんなものまともに動かせるわけないわ!」


そう言ってジェーンは保護対象を安全なところ、

地割れが起きていない里の外れに置いてから、

高速で飛び蹴りをした。


マントである僕による方向と速度の調節。

大陸に爪楊枝を立てるような無謀な攻撃。


だが、ジェーンの全身から噴き出す白煙が流星の煌めきとなって、

惑星を思わせる大きさの大樹の腕をミシミシと軋ませる。


どれだけ大きくても、樹であるなら、

僕達の渾身の一撃には──

動かない、砕けない。

最大速度に乗った蹴りが大樹の左手で受け止められた。


「星ッ!!」


ジェーンの体が血煙にならないのが幸運。

そうとしか言えない圧倒的な威力の突きが世界樹の右腕相当が繰り出した。

枝を束ねたものではない。これは枝を融合させ、形を変えたものだ。


「ふんっ、こんなデカブツの攻撃は掠りもしないわ──グハァッ!!」


拳がジェーンに突き刺さり、

彼女の目と鼻から血が溢れた。


すぐに飛行して距離を取るつもりだった。

のんびりしていたつもりもない。


だが、それを逃さない予想以上の速さと伸びを見せた、世界樹の突き。

包み拳とは、左手で右手を覆い隠すもの。

”空手に先手なし”を象徴する構え。

 

だが、長はそれを実戦、それも世界樹のボディで使えるよう落とし込んだ。

左手で狙いを隠し、左で受け、右で断つ。

居合にも通じる、巨大過ぎる後の先の技になっている。


遠くから見れば緩慢にも見える世界樹による右突き。

当事者のジェーンにしてみれば、

大陸そのものと戦うと言っていい質量。

風圧だけでも摩擦熱で全身が焼けかねない。


「ジェーン!!」


空中でのダメージの殺し方は修めている。

僕がマントとして彼女の全身を覆い、

少しでもかかるGを抑えようと努めた。


「長きに渡り、里長と彼の側近だけは魔術の習熟を許されています。

 それは、この時のため。生贄が、”世界樹を内側からマッサージする按摩空手家”を用意できなかった時のため」


間合いを隠す。

太さ3kmは優に超える体格で。

馬鹿げて見えるが、効果は覿面だ。

出してくる拳が隠されると、

距離感もスケール感もまるでわからない。


「内部からの超長期に渡る世話ではない。

 短期間、圧倒的破壊というカタルシス。

 外への暴力によって世界樹を鎮めるための技!」


またも世界樹が包み拳からの無造作の逆突きを放つ。

流石はマスター・空手の異名を持つ者。

動作の初動がわからない。

まともに喰らう他ない。


「ぎゃああああああ!!」


ジェーンが絶叫をあげる。


「痛いとかですらない、これ!!

 体の芯から、絶対に勝てないのに押されて壊されている感じ!!

 そう、これは踏ん張るとかではなく、お腹を壊したらお腹がぐるぐるするくらいの、

 当たり前の生理的反応のような……! 悲惨な運命的破壊!!」


流石はジェーン・エルロンド。

ただの二撃で”圧倒的なパワーによる暴力”を受ける側として、

完璧な分析を饒舌に下している。


米の聖女である彼女は、恐らくは食レポの天才でもある。

その技によって、受けたダメージの理解さえできてしまうのか。


「歓びなさい。あなたの望み通り、フィニーもビギーも殺さずにいましょう。

 代わりに、あなたを何度も何度も痛めつけます!

 スゲーマンのボディを受け継いだあなたに、エルフの生贄が受ける無限地獄を、一瞬に圧縮ッッ!!」


ジェーンが白い炎をオーラとして纏う。

ビギーに対してやったもの。

たしかに、大樹には炎で抗うべきだ。

しかし……質量比で言えばあまりに小さすぎる。


炎は表皮を炙っただけで、

無情に落とされる大樹の拳を全身に浴びる。

体の頭からつま先まで無数の亀裂が骨に刻まれていく。


「痛い痛い痛い!!」


コラテラル・ダメージで里が壊れてもいく。


「やめるんだ! 君の里も壊れるぞ!」


「貴方がたがそう追い込んだのでしょう!!」


世界樹を通して長が叫んだ。


……僕には否定できない。

辛抱強く対話を試みるようにジェーンにも言うべきだったのかも。

僕がいつもしていたように。

幸いにも、死人は出ていないが、

壊滅した里を残されては人々は苦難の時を迎えるだろう。


「すまなかった。今からでも話し合えないだろうか。

 僕がジェーン達にもそうするように説得する」


虫の良い説得だ。

だが、かと言っても何もしなければそれで終わる。

恥知らずと罵られようとも、やってみないことには始まらない。


「嫌よ! 貴方達がフィニーとか追い詰めてたんでしょう!

 ぶっ飛ばしてこっちが優位に立って……!」


痛みに弱いジェーンでも、

腹に据えかねると叫んで反論した。

それはそうだけれども、

こちらから折れるべきは骨だけではない。


ジェーンが何事かを考えて、眉間に皺を寄せて、黙り込む。

両腕に力を入れ、

脳神経まで響く激痛を我慢して全力を出す。


「フングググググ……!

 おっしゃあ!」


力の限りを尽くして押し返した。

たたらを踏むこともないが、


少なくとも攻撃は一瞬止まる。

両膝に手をつき、脂汗をぼたぼた垂らしたジェーンは、

改めて里の有り様を確認した。

次から次へと根本から崩壊していく文明、建物。


一歩も動けずに、剛体法が基礎、

三戦立ちで事態に耐え忍ぶしかない人々。


敵対してはいるが、

筋肉と関節を強化して固める三戦立ちをしながら、

愛する故郷が壊れるのを見るしかない心痛。

察するにあまりあるというものだ。


「このままじゃただ死人が出るだけね……!」


誰にも聞こえないように舌打ちをした。


「わかった。あたしも急ぎすぎたわ。

 強く責めすぎたかもしれないし、話し合いましょう。

 里を壊すのはやりすぎだわ、お互いに」


「素晴らしい決断だ」


「敵でも優しくしたいって言ったばかりだしね」


非常に不服そうだが、

その目は後悔を見ている。

シオンとのことでの反省を活かしたのだ。

良かった。本当に、良かった。


「もう不可能ですよ」


だが里長は冷徹に言い切った。


「異常暴走するマナと一体化して動き出すのを、発散するのを良しとすれば、

 あとは残るマナが枯渇するまで止まれません。

 私の意志ではどうしようもないのです」


虫をつまむように、枝を伸ばして絡め、ジェーンを持ち上げる。


大樹である彼には目も口もないが、

そこには力を振るう歓喜が見えていた。

自分を何千倍も上回る体で空手を繰り出す。

それは、さぞかし楽しく思えるかもしれない。


「そして、貴女を一息に殺すこともできません。

 世界を、国を、この里を壊さないためには、

 貴女の頑丈さにあらゆるエネルギーをぶつけて発散しなければ」


枝からジェーンを放り投げる。

骨の罅はもう癒えている。

正面からの拳に両足で迎え討つ。

それはたしかに枝を陥没させたが、

全体で見れば極々一部。


「それに、ねえ」


足ごと殴り飛ばされ、

体勢を立て直すより早く、

ボディを打たれる。


「貴女もこの高揚を知っているのでしょう?

 楽しいんですよ。これまでとは比較にならないパワーで、

 圧倒的な強者を蹂躙するというのは!」


まずい。典型的な力に呑まれる人のそれだ。

世界樹に空手の動きを当てはめて、見事に成功したのは事実だ。


だが、”そうしなくともただ殴るだけで勝てる”という事実。

それが、長の拳のキレをたちまちに雑なものにしている。


空手家は拳に精神が宿るもの。

拳が鈍るというのは、精神の乱れと直結している。


その証拠に、今の世界樹はただ両腕を振り回して

ジェーンを殴りつけることにだけ、

達成感ではなく悦びの方を見出していた。


「ううっ!」


「ハハハ」


鍛えた技をなぞって世界樹が連撃を繰り出す。

攻撃のぶつかり合いはできる。

白炎を全身に纏って攻撃もできる。

だが、それだけだ。決して倒せない。


「ハハハハハハハハ!!」


あの長から人を殴っての昂揚的笑い声が響き渡る。


「ジェーン!」


「何か……何かあるはず!」


だが、できない。

攻撃をもらっても、体勢を立て直すより先に攻撃が当たる。

苦し紛れの反撃をしても、相手にはノーダメージ。


こうなってしまっては、長の言う通り、

ただ嬲られるだけしかできない。


もしも、せめてスピードだけでも──

虹の閃光がジェーンの地点を一条に疾走った。 

僕の記憶通りだ。

スピードスターは希望を灯しにやって来る。

プロテインのアーチが地上より立ち上がり、

その上を超高速で虹の鱗粉が一条となって疾走した。


「ベス!」


「間に合ってよかった!」


「聞いて! さっそくだけど、今すぐに全員を抱えて、ここから逃げて!

 あたしが何とか全部受け止めるから!」

「大丈夫。ちょっと借りるね」


ベスが取ったのは、

ジェーンの首にかかっているオーブ。


血水魔法の粋を用いた、

僕が形になるための媒介、マントの素。

それを取って、ジェーンを置いて、

僕を抱えて世界樹に走っていく。


虹の鱗粉を残して、

巨大な攻撃を軽々と避け、

倒すでも抗うでもなく、躱して、近づく。

スピードスターそのものだ。


「クレオからの伝言」


手元の僕に呼びかけ、

ベスが二丁拳銃の引き金を引いた。

邪魔になっている枝を弾丸でどかし、

マフラーのように巻き付いて戻ったスライムが、

今度はバネになって虹色の流星を跳ばした。


背後からベスを追いかける超大質量の大樹。

横殴りに吹きかけられた白炎が、

表皮を炙り、風圧で攻撃を留める。

ジェーンが地上から援護射撃をしてくれている。


「”スゲーところを見せて”だって!」


首飾りを短刀にくくって、

魔女帽子のスピードスターは、

大樹の葉脈に”僕”を突き出した。

血に介在している僕という存在が、

今回は世界樹へと流れていく。


「彼女がこれをすればどうにかなると言ったのかい!?

 どうして! 僕はやったことないよ、これ!!」


「彼女曰く、”戻った時に世界樹が暴れていたら、普通に打つ手無し”だって」


落ちながら、魔女帽子を被り直し、

スライムのパラシュートを展開していくベス。


「だから貴方に賭ければいいって、言ってた」


「そんなぶっつけ本番な……!」

「”そこを何とかするからスゲーマンなんだよ。

 新世代にかっちょ良いところを見せてほしいな”だって」


そう言われると、乗るしかないな。

世界樹に僕の血液が流れて、染み渡り。

極小だが筋繊維として、

大樹に僕の意志が宿る。

目を開けると、そこには──

……これは、新しい体験だ。


「あと、"ジェーンを失望させたら承知しない"だって」


脅されなくても全力を尽くすよ。

だって僕は、彼女に背中を見せる父で、

昔は最高のヒーローだったんだからね。

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