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悪役令嬢の前世がスーパーなマンだったとわかりギロチンが落ちる瞬間に地球を逆回転飛行したら時間が巻き戻ったので生き方を改めることにした  作者: スカンジナビア半島
4章 Secret Selva

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【二十一】最後に助けたら過程はオッケー

挿絵(By みてみん)

【二十一】


 ゴブリンは昔は文明のない子鬼だった。

 だが、彼らには文明と知性を育むだけの下地があった。

 “好奇心”である。


 生命としての本能的警戒を乗り越えた残虐をする習性の彼らは、長い年月をかけ、中には奪った書物を読み耽り、好奇心を知識に繋げ、知性として積み重ねた者もいた。


 シーズというゴブリンは、ひときわ好奇心が強かった。

 代々の頭脳派が貯めた記録を吸収し、ゴブリン集落の面白くなさに見切りをつけて旅立った。


 それからの彼女の旅路は、冒険の一言だった。

 遺跡に潜り、怪物に追われ、手に入れた古代文明の遺物はエルフの里に売り払った。


「その小兵ぶり。空手をやってみては?」


 長に問いかけられたが、ゴブリンは唇の両端を引っ張った。


「そんなのつまんないもんね」


 金と情報の割り切った付き合い。

 ゴブリンへの差別意識が強いエルフとは、それくらいでよかった。


 探検ディグでへまを打った。

 ケージにいくつも動物の骨が保管されている、なんらかの研究機関だった場所で、凶悪な番人に追われ、致命傷を負った。


 経験で覚えた機械のコントロール。

 どうにかドアをロックして医療区に逃げ込み、これからどうしようかと裂けた腕を縫っていると、泣き声がした。


 追っ手が発した電子音か、その手のトラップかと恐る恐る覗いてみると、機械に囲まれた赤ん坊がいた。


「ハイエルフを見つけたんですか!」


 長に見せると、酷く驚かれた。


 知識としては知っている。

 マナの感受性が非常に強く、全身の器官がマナを取り込むのに特化している。


 魔術を使うのに適した文化を持つのがかつてのエルフなら、全身が魔術を使うためにあるのがハイエルフだった。


「金は弾んでもらうよ。

 こっちはすぐに次の探検に行きたくてうずうずしているんだ」


「あなたの気持ちは空手としてわかりますが……」


「オギャアアアァァァァ!!」


 二人の間に置かれた赤ん坊が、けたたましく泣き出した。


 どうするのかと黙っていると、長が不愉快そうに舌打ちをするだけで、動かずに固まっていた。


「ハイエルフを泣かせ続けると何かあるの?」


「あなたは泣き止ませられますか?」


 答えの代わりに抱き上げてあやす。


 指の指紋まで泥が詰まったような無骨で傷だらけの手。

 赤ん坊を抱き上げて首を支えて、背中をぽんぽんと軽く叩いた。


 鼓膜をつんざく高音が、軽やかな寝息に変わった。


「上手ですね」


「いや、何もしてないも同然だろ」


「提案があります」


 ゴブリンに薬瓶を握らせ、長が長い髪を垂らして俯き気味に言う。


「この子を育てていただきたい」


「はぁ? あたしはゴブリンだよ。

 ハイエルフ様なんて面倒見きれるかい」


「エルフはどこも少子高齢化です。

 ハイエルフを育てられる者はいません」


「それをどうにかするもんだろ。

 あんた、目を洗ってあたしを見な。

 何をどう見たって「ママ」なんて柄じゃない」


「ハイエルフには世界樹に身を捧げる大事な役割があります。

 生き残りも我が里では途絶えて長く、この機会を逃したくはありません」


「あんたねえ……生贄を育てろって?」


「代わりに寿命をエルフ同然に長引かせる霊薬を受け取ってください」


 霊薬は魔術がなければ作れないはず。

 空手文化のこの里で、できるわけがない。

 魔術を軽蔑してさえいる、この里では。


 わかってはいたが、流すことにした。

 どこでも裏の顔があるものだ。


 子育てなんて柄じゃない。

 シーズは多産社会のゴブリン集落にいたから、赤ん坊の面倒の見方も知ってはいる。

 しかし、“知っている”だけだ。


 万全に可能な訳ではない。

 まだ見ぬ遺跡、冒険はいくらでもあるのに、子どもの面倒で時間を浪費するなんて。


「一生世話をしろとは言いません。彼女が独り立ちするまで、外見年齢が18歳になるまでです」


 その条件を出され、揺れた。

 ハイエルフとは言え、見た目が18歳に届くまでなら、あまり遠い未来のことではないだろう。


「わかった。この子が実質18歳になるまでだ」


 失言だった。


 ハイエルフは赤ん坊の時間がとても長い。

 はいはいを覚えるのに5年、立つのに1年かかる。


 つまりは、赤ん坊が抱える殺人的な特性がずっと続くのだ。

 細切れ睡眠、理由もない大泣き、うんちの色や湿疹といった正体不明の変化。


 皮肉なことに、これまでエルフに売り捌いてきた過去の便利な代物は、すべて、子育てを効率的にするという名目から、シーズが使っていいとされた。


「オギャアア!」


「はいはいおしめ? ごはん?」


「オギャアア!」


「どれでもないんだね、それじゃあ好きに泣きな。

 適当な音楽流そうか」


 スマホに入っていた音楽を、スピーカー経由で流す。

 これで泣き止むこともある、もっと泣くこともある。


 正解したら、安心して少しだけ意識が睡眠に飛んだ。


 遺跡探検の仕方、罠と怪物の隙間を縫うスリルは、徐々に過去のものになった。


 長々と育てると親心が芽生えると言うが、特にそんなことはなかった。


 ただ、過去の冒険が思い出として子育てに埋もれさせたくはなかったので、備忘録代わりに赤ん坊に聞かせることにした。


「あたしはね。ゴブリンの中でも一番賢いんだ。

 色んな危険な場所のその根本では、どんな偉い魔術師や頭の良いエルフでも手に入れられない宝物を、両手いっぱいに抱えてきたもんさ」


「キャッキャッ」


「お、冒険譚は好きなんだ。

 育てたあたしに似たのかねえ」


 赤ん坊を育てていると、極稀にエルフが様子を見に来て、必要なものがないかを尋ねてきた。


「このガキの名前ってあるのかい?」


 そう問いかけても、答えはただ沈黙だった。


「好きな名前で呼べばいい」


「流石に無関心が過ぎるだろ」


 ハイエルフだというのに、誰もご尊顔を拝もうとは思わない。

 長屋に押し込んで知らんぷり同然なのが不気味であった。


別に親心が芽生えたわけではないし、

可愛いと思えたわけでもない。

ただ──名前がないといつかは不便になるだけだと考えた。


「あんたに名前をつけたげる。

 好きなものを選びな」


 子育ての合間に見せていたアニメを並べ、その中で反応がいいものから選んだ。

 子どもと犬がコンビのアニメが一番好きそうだったから、そこからフィニーという名前を取った。


 少しのアレンジをしただけでも、自分が名付けたという実感が強まった。


 意味は知らないが、良い響きだと思った。


「これなら髪も金色だとよかったのにねえ」


 そう言って髪をくるくる弄っていると、フィニーが初めて「ママ」と呼んだ。

 ママと呼ばれるタイプではないつもりだった。


 言葉を覚えてからは、子どもはどんどんと大きくなる。

 立ち上がって、走って、家中を無邪気に蹂躙して、睡眠時間を奪った。


「フィニー、待ちなって。

 あんたは本当に暴れん坊だね。

 おとなしくすることも覚えないと、ちゃんとした大人になれないよ」


「キャハハ」


 どれだけ口を酸っぱくして説教しても、フィニーはまるで聞き入れなかった。

 まあ仕方ないと思った。

 相手は子どもなのだし、これから徐々に学べばいい。


 子供の頃から今もずっと、跳び回るのが好きな娘は、ママに後ろから抱き寄せられ、抱えられると嬉しそうにキャッキャ笑った。


「なんだいあんたも冒険好きだね。

 おとなになったらあたしみたいに大暴れしてやりな」


 娘は大きな病気もなく、怪我もなく。

 赤ん坊の頃を過ぎれば順調に育った。


 大きくなって、他のエルフに混じって空手を習うことになった。

 ひとまずは子育てが一段落したと胸を撫で下ろした。

 こうなるまでに20年。先は長いが、後は楽のはずだ。


「ママ、行ってきまーす!」


 ランチボックスを持たせて見送った娘の空手初日は、ボロボロになって終わった。

 まだ外見年齢6歳くらいなのに、体中が青痣だらけで、瞼も腫れ上がっていた。


「すまない! やりすぎた!」


「子どもになんてことしてんだあんたら!!」


「あまりにもこの子が食い下がるから、ついやりすぎたと……」


「本当に申し訳ない!!」


 指導者が土下座をしているが、そんなものはゴブリンの集落達にとってはなんの役にも立たない。

 ただ地面に額を擦り付けて向こうがスッキリしたつもりになるだけの不気味な儀式だ。


「いいから帰んな!」


 マズイ、と冷や汗が全身を濡らす。

 これでもしもフィニーが死んだら、そうでなくとも重篤な障害を負ったら、あの穏やかさの裏に底知れぬ酷薄さを秘めた長に何をされるか。


 寝床に横になり、うなされる娘が縋るようにシーズの手を握った。


「頭が熱い……ぐるぐるする……」


「大丈夫! ママがついているからね」


 氷嚢を何度も変え、毛布も何度も取り替えて、寝汗を拭いては着替えさせた。


 熱は一週間続き、ようやく意識がハッキリとしてきたフィニーに、寝不足で今にも気絶しそうなのを我慢し、訊いてみた。


「なんだってこんなことになったの」


「えー」


 酷く言いづらそうにしていた。

 これまで同じ屋根の下、隠し事もなく暮らしてきたので、本当のことを教えられないことさえ意外だった。


 しかし、何度も追及し、“言ったら大好きなパンケーキを好きなだけ食べさせてあげる”と約束した。

 ハムとチーズを挟んで砂糖をたっぷりまぶした特製品だ。

 これをぶらさげるだけで、フィニーの口からはよだれが止まらなくなる。


「悪口を言ってたの」


「あんたのかい? 子どもの悪口を言うとは呆れた。

 待ってな、あたしが長にキツく言っとくから」


「うんうん」


 首を振って静かに言った。


「ママはゴブリンで、卑しいって。

 金目当ての悪いやつだって」


「それは──!」


 なんと否定すれば良いんだろう。

 何を言っても本心とはズレている気がした。


 金目当てではないのは確かだが、では自分は、何を目的にこの娘を育てていたのか。


 遠い月日は、過去の血肉になった冒険を風化させた。


「とにかく、空手はやらなくていいよ。

 きっと、あんたには向いてないからね」


「やだ! 絶対やめない!」


「こんだけ痛い目を見てもかい」


「あたしが強くなってママを馬鹿にした奴らを見返してやるもん」


 そう言って力強く握り拳を作る娘に、たとえようもない懐かしい眩しさを覚え、自然と目を細め、彼女の意志に任せることになってしまった。


 残念なことに、フィニーには空手の素質がまったくなかった。

 何十年も熱心にやったところで芽が出なかった。


 長がじきじきにやって来ては言った。


「あなたからも空手が上達するのに足りないものを探ってもらえませんか」


「いいよ。あたしもこの暮らしが惜しいからね」


 そう言ってはへとへとになって帰ってくる娘を出迎え、食事を作り、お話をした。


「ママ、昔の話をして。冒険の話!」


 洗い物をして、キッチン周りの掃除をしている時、お茶を飲んでいる娘が振り返って頼んだ。


「久しぶりだね。なにを話そうか……」


 キッチンの水垢を落とし、豆乳メーカーをセットしながら考える。

 特に話して面白そうなことも思いつかない。


「んー、そういやね。

 今思い出したんだけど、あんたが10歳の頃にさあ。

 おねしょを隠して何したと思う? 猫を捕まえて離して、そいつのせいにしたの!」


「もう、冒険は!?」


「いいじゃない。こっちの方が楽しいよ」


 才能は芽生えなかったし、努力は結果に繋がらなかった。

 それでいいと思った。


 どうやら里としてはフィニーには空手の達人でいてほしいらしいし、最低限の素養が眠っている必要があるらしかった。

 外見年齢が18歳になったら自分はお役御免だし、娘も里にはいられなくなる。


 ハイエルフでも空手が出来ないと、この文化では価値がない。

 すっかり修復不可能なヘッポコの評判が根付いているし、惜しまれることもないだろう。


 これまでは、「ちゃんとしな」とか「じっとしてな」とか「向いてないことはやめな」って言葉ばかり口にしてきた。


 きっと、空手をしなくてもいいし、里にいる必要もないと知ったら、

娘は酷く慌てて、この世の終わりみたいに騒ぐんだろう。


 その時は、誕生日プレゼントとして、代わりに「好きなように生きなよ」って伝えてやろう。


 そんな人生はきっと、娘にとって冒険のようにスリリングな幕開けになる。

 未来には何の不安もないはずだった。


 ────と、フィニーのママは語り終えた。


「そういうこと。

 すっかり現実逃避が板について、差し迫ってから焦ってるのさ」


「ぐうッ……親子愛って美しすぎる……!!

 自分らにはまるで縁がないのが悲しいけど、良い話だ……!!!!」


 涙もろく、激情家なエドガーが床に涙の水溜りを作っていた。


「そんな話を聞かされたらなおさら黙っていられないわ!

 あの子の自由のために一緒にがんばりましょう!」


「じゃあ、縄を解いてくれるかい?」


 縄が何重にも体に巻き付き、こんもりと膨らんで、両脚を椅子の脚にそれぞれガッチリ固定されたフィニーママ、シーズ。

 呆れてため息をつき、不満たっぷりにぼやいた。


「いや、それは助けられる上での同意を頂かないとこちらとしても監禁する必要があるのよ」


 ジェーンは申し訳なさそうに、縄で蓑虫状にしていることを正当化した。


「でも大丈夫よね! 最後に助けたら過程はオッケーだと、あたしは思うのよ!」


…………どうかなあ。


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