【二十】さっそくダムが意見を出してるよ
【二十】
この里に来て一週間も経っていない。
……まだ数日しか経過していないんだなあ。
色々ありすぎだ。
とにかく、ジェーンはこの里の決まりに逆らうことに決めた。
なので、すぐに弟にも方針を伝えた。
「やらない方がいいと思います」
きっぱり、だった。
迷いのない反対意見だった。
フィニーはビギーに迎えに来られ、家に帰っていった。
だから、さっそくあの子をどうにかして助けようとジェーンは提案した。
僕としては彼女の意見に賛成だ。
だが、世の中とはえてして複雑なものだ。
特に、僕達はここのことをほぼ知らないも同義だ。
なのに、古来からのシステムに独断で反対をしてもいいのかと、エドガーはかつての騎士団長らしい社会経験から言い切ったわけだ。
「フィニーが痛ましいのは俺も同じです。
しかし、姉さんは彼女を、里のシステムを無視して助けると決めるのに、どれくらいの時間をかけました?」
エドガーが半目で尋ねた。
「まあ三時間くらいかな」
「でもここは、そのシステム、ようは世界樹がマナを生み出し続けるための生贄を、ずっと考えてきたと思うんですよ。
俺達で変えていいと思いますか? 下手したら、看守……用務員さんを探しに来たのに、第一里人のために世界を崩壊へ導いた。
──なんてことになりかねませんよ」
エドガーの言うことは決して大げさではない。
世界樹はマナを生む。
マナは魔術のエネルギー源になる。
魔術はリトルファムの農業における重要な技術だ。
最低でも、マナがなくなったら今度こそリトルファムの人々は死に絶える。
「そうかもしれないわね」
「ご理解いただけて何よりです。
なにより、貴女も、本来は制度を作って運営した側でしょう」
食料改革のことを出された。
たしかにそうだ。
ジェーンは旧制度を破壊したが、すぐに新制度を作ってそれを国に強要した。
「たしかにそうね。でも、あたしはここで貴方の心に尋ねるわ。
貴方、お父さんに感銘を受けたのは、鍛え上げた肉体で何も善を成せてないと思ったからよね?」
「あとまあ……姉さんを殺せ殺せとうるさかったから……もありますね」
それが、この青年が両親から心が離れた理由であり、また、長年にわたって心が彷徨っていた原因だ。
「なのに見捨ててもいいと?」
「これは彼女の意志を尊重することでもあるでしょう。
その、言ってしまいますけども、フィニーは俺達と違って親を愛してるじゃないですか。親のためと言われたら、否定する言葉は俺達にないでしょ。
だって親へのまともな愛情を持てたこと、ないから」
「それは…………」
二人にとっての未知の概念を出されてしまい、姉は口をつぐんだ。
ジェーンは制度よりも個を選ぶことにし、エドガーは個の決断とシステムを優先しようとしている。
僕としては、答えは決まっている。
だが、それを言うのは最後の最後でいいだろう。
ジェーンは僕の行動基幹を覚えてそうだし。
「とにかく、あたしはこうしたいの」
「それはわかります。
けれども、助けられようとしている側が望んでいないんですよ」
どちらも引く気配は見えない。
こういう時、何事も別の立場にある人間が話し合いに出席しているのが重要だ。
つまりは、両親に愛され、両親を愛した僕の出番だ。
「なら筋肉に聞いてごらん?」
「どこの部位ですか?」
…………部位ごとに違うのか。
本物の意見はやはり違うなあ。
「君が一番信頼を置いている筋肉だ」
「つまりはダムとディですね。
あの二人との話し合いは長引きますよ」
「誰それ?」
初耳の名前にジェーンは首を傾げた。
「俺の右半分の腹筋がトゥイードル・ダム、左半分の腹筋がトゥイードル・ディです。
姓は違いますが、近所に住んでいて、名前と見た目が同じという二人組です」
「へえ。運命的な関係だね」
「ダムが十九歳の派手な性格をしたスタイル抜群のお姉さん、ディが十四歳で、素敵なおとなになるのを夢見る少女です。
なのに顔は同じなんだから、つかず離れずなんですよ」
「女なんだ。腹筋が」
なるほど。僕は少しだけついていけなくなってきた。
しかし、そこは流石の姉。
ジェーンは冷静に弟の話を聞き、それから促した。
「じゃあここでしばらく話し合って。
あたしらが周りを見ておくから」
「お願いします」
シャツをめくり上げ、腹部のみを露出させたエドガーは、楽な姿勢で近くのベンチにもたれかかり、眠るように目を閉じた。
「話し合いってあたしらにわかるの?」
「ほら、さっそくダムが意見を出してるよ」
右半分の腹筋がばくんばくんと震えた。
それに応えるように左半分の腹筋もぴくぴくと、小さいながらもたしかに存在感を示した。
どちらが何の立場にいるかは知るよしもないけれど、活発な議論が繰り広げられているのはわかる。
広場のベンチで腹までシャツを上げた長身筋肉質の男が、目を閉じて腹筋を別の誰かが動かしているように見える。
なかなか見ない光景だった。
僕も、広場でこれを始める人は見たことがなかったはずだ。
…………たまに、この世界についていくのが大変になるんだ。
死んだ後も、それは変わらないみたいだ。
「見て……稀人マッスルボディが筋肉と対話している」
「なんて忌憚のない議論なんだ」
「これほどの意思疎通、並の筋トレをしてはいまい」
僕達が彼を見守っていると、異変を察知したエルフの人たちが目の色を変えて集まってきた。
ここの文化を考えると仕方がない。
敵対するかもしれない人たちだが、筋肉との対話を邪魔することはしないだろう。
姉のジェーン、それと里のエルフ達が円になって腹筋の震えをじっと観察していた。
「これ時間のムダだわ。
フィニーのお家に行きましょう」
「え、でも彼、無防備だよ?」
「そうね。でもよく考えて?
あたしは来たばかりの里で、出会ったばかりの子を助けると決めた。
知らないといけないことはたくさんあるのに、平日昼間の広場で沈黙の中、弟がベンチで腹筋を震わせているのを凝視するのは、どう考えてもそんなことをしている場合ではないわ。
言葉にすると、本当にそんなことをしている場合ではなかったわ。
なんなのこの時間、バカくさ!!」
一理ある意見だ。
エドガーが不意打ちされたときが怖いが、彼の屈強なボディなら多少は持ちこたえられるか。
「そうだね、じゃあ彼はこのままにしておこう」
「そうはさせませんよ」
気配を消した里長達。
以前の腕試し五番勝負の参加者がジェーンを包囲していた。
道着をつけ、ある者は両腕を刃にし、またある者はバズーカを手にしていた。
こちらの意図をすでに察知していたのか。
ずいぶんと耳がいいことだ。
「……よくわかったわね。
この里と敵対するって」
「広場の往来でこんなに腹筋を大きく震わせていましたからね」
予想外の指摘。
だが集まった人々を見ると、なるほど、シャツを捲り上げて腹筋を露わにしている者がぽつぽついた。
筋肉と対話をする人はエドガーだけではない。
完全に盲点だった。
こうなってしまえば立場は確定した。
ジェーンが無理矢理に震える腹筋を手で叩き、対話中のエドガーを引き戻した。
「おお、姉さん。ちょうどよかった!
俺もあなたと同じ意見になりました!
スゲーマン超師匠もよく“生命を見ろ”と言っていますもんね!」
お、僕のことを覚えていてくれてた!
嬉しい。
「じゃあさっそくフィニーのお家に行ってあの子達と、ママを保護するわ」
「攫うことになるかもしれませんね」
起きて早々、空手家に囲まれているのに気づき、すぐに戦斧を構える。
「何処かから情報が漏れていたんですね。
やはり監視されていたのか」
「いや…………でもまあ、いいやそれで。
説明すると頭痛くなるし」
渋い顔で肩を竦め、ジェーンが一歩前に出て告げる。
「殺しはしないわ。
でも、痛い思いはする。骨が折れるかもしれない。
これは手合わせじゃないから、こっちも手は抜かない」
五対二、それもこの姉弟は実質敗北した側。
実際の強さを知っているはずなのに、こちらを見る目に油断と余裕が見え隠れする。
長が帯を締め直し、穴のない包囲網を作る。
本来なら取り囲むのはフレンドリーファイアの危険性が高まるため、よくない手だ。
しかし、それが徒手空拳かつ互いを知り尽くしているとすれば、恐るべき鋼鉄の檻になる。
今にも正拳突きが全方位から襲ってくる。
それよりも速く、ジェーン・エルロンドは消失した。
彼女のいた場所には、ひらひらと白炎の欠片が落ちる。
「馬鹿なっ!!」
長の両腕が蹴り上げられ、気を練ろうとも意味がないよう、放出口を潰す。
横でパートナーが反応する。
見事な反射速度。
けれども、ジェーンが接近してバズーカを奪うことは止められない。
奪ったバズーカを見様見真似で担ぎ、狙いを適当につけて、引き金を引く。
「子熊にやる反則じゃないって反省しなさい!!」
バズーカが空手家集団に向く。
頑丈さに秀でた先鋒が前に出る。
砲弾よりも先にジェーンの投げた砲身が直撃、残りも盾のないままにバズーカに撃たれた。
広場に爆風が生まれ、すぐにエドガーを連れて離脱した。
バズーカを発射したが致命傷を与える気はないのだから、一発当てたら離れるのが正しいだろう。
「ベスくん達が戻ってきたら驚くでしょうね!」
「ちょっと連絡取ろうとしたんだけど、繋がらなかった」
フィニー宅に着き、長屋のドアを勢いよく開けた。
視界いっぱいに冷凍キリタンポの突き攻撃が迫り、弟が前に出て体でそれを受け止めた。
「出て行きな!」
ゴブリンママがそう叫ぶ。
奥ではビギーとフィニーが身を寄せ合っていた。
「ごめんなさい。
すっごく勝手かもしれないけど聞いてほしいの」
大きく息を吸い、少し止めてから一息に言い切る。
「納得いかないから、貴女達を保護してどうにかするわ。
嫌だって言っても、聞かないわ。
だって一宿一飯付き合ったら、あたし的には友達だもの!」
正確には宿は共にしていない。
そんな訂正はどうでもいいくらいに、僕は感動した。
前に、浮浪者のスミスをご飯に誘った理由を、彼女はちゃんと理解してくれていたんだ。




