【十九】がんばるぞ
【十九】
世界樹での出来事により、またも長老の道場に引き出されてしまった。
世界樹から即身仏が出てきて空手でブラックホールを生み出し、それを止めた。
偶然にしては馬鹿みたいに出来過ぎた事件の経緯を事細かに説明した。
長丁場の取り調べめいたやり取り。
澄ました理性的な態度を崩さない彼にも、憔悴が見える。
「お見苦しいものをお見せしてしまいました」
深々と礼をする。
隣のバズーカ空手使いも同じくだ。
「あの……即身仏めいた方は?」
「エルフ空手ブラックホール流。
彼の戦い方をそう名付けました」
直接の答えではなかった。
だが、それ以外の追及を許可しない、と示していた。
静謐で厳粛な空気である道場だったが、そこには大人の企みが見えた。
権謀術数、とまではいかない。
都合の悪いことは自然と隠す、というものだ。
「世界樹には代々、異常成長をコントロールする人が入っていたのよね?」
「按摩師、またはガーデナーと呼んでいます。
任命された一族には、終生の名誉と、族長に指名されるという義務が課せられます」
肩の荷が下りたというように、長は重い吐息を漏らす。
と、いうことは──
「フィニーが選ばれるの? どうして」
「それは…………」
「彼女がハイエルフというのも関係が?」
ジェーンの指摘に言葉を詰まらせたが、ずっと無言を貫いていたパートナーが言う。
「お引き取りを」
有無を言わせない迫力だった。
気づけば隣にバズーカがあった。
今すぐにでもそれを発射するプレッシャーがあった。
姉と弟が顔を見合わせて立ち上がり、道場兼客室から出ようとしていた。
その背中に、長の少し軋んだ声が投げかけられた。
「ハイエルフでも、彼女が白帯のままだったら──」
長老の邸宅から追い出されると、次の日になっていた。
夜明けになってもベス達は戻ってこない。
頼み事がまだ時間がかかるのだろう。
強い日差しを投げかけようとするのを、分厚い雲が遮っている。
今日は雨が降るのかもしれない。
「あ、ジェーン!!」
昨日の今日でフィニーが手を振って道路を渡ってきた。
「フィニー、おはようございます!」
「偉大なる高位者!」
実年齢六十一歳。
年若い外見と精神の年齢を持つ彼女を取り巻く世界が、はっきりと変化していた。
周囲には敬意と信仰があった。
車を運転していようと、昨日までは差別していた相手に大声で挨拶をしていた。
「はい、ありがとー!
いやあ参っちゃったわね!
あたしの才能が真に目覚めたら、これだもの!
百メートル歩くだけで日が暮れちゃう!」
言葉とは裏腹に、とても嬉しそうだった。
目元に隈ができ、縁取っているのは気になるが、それ以外はとても元気そうだった。
エドガーはどう言えばいいか躊躇っていたところで、ジェーンがストレートに尋ねた。
「あなた、世界樹に入るの?」
「うん!」
「ママは喜んでた?」
「朝になったらおめでとうって」
“朝になったら”。
ということは、それまでは違ったのだろう。
ずっと周囲からの評価を盛り返そうとしていた娘が、ついに手柄を立てたら、それが原因で実質上の生贄が決まった。
今でも、空手即身仏の凄惨な姿は目に焼き付いている。
…………この子もそうなるとは考えたくない。
なんともやりきれない話だ。
僕としては胸が痛くなる話だが、エルロンド姉弟は受け取り方がわかっていないようだ。
同情しようにも、ついこの間に実の両親が殺しに来て思いっきりぶん殴った後ともなれば、当たり前だろう。
「その……なんて言えばいいか……」
「あたし達、ここのこと全然わからないから、
どうすればいいかもわからないんだけど」
「うんうん。何も言わなくていいの!
ただ、約束通りに空手を教えて!」
ニコニコと笑って、お願いされた。
そう言えば、世界樹に連れて行く時に約束したのだった。
ジェーンも神妙な面持ちでうなずき、《稀人地獄五番合撃》が行われた広場に場所を移した。
同じ空間で思い思いに過ごしているエルフが、少しこちらを見てはすぐに目を逸らした。
何も言わないし、何もしないが、だからこその違和感だった。
ずっとみんなに軽蔑され、下手と言われているのだけ見ていたフィニーの実力が、ついに見られる。
昨日のブラックホールを生み出す即身仏相手には頑張ったから、もしかして聞いたよりもずっとデキるのではないだろうか。
「貴女がやりたいって言うならいいけど……
それをする時間があるの?」
「あるある! 始めましょう」
向かい合って構えを取る。
半身、拳は急所を庇いやすい位置と高さ、基本はちゃんと出来ている。
それ以外が、どうにも妙だった。
「なんかすごく跳ねてるな……」
エドガーが首を傾げた通り、ハイエルフのフィニー、彼女の空手はとにかく元気が良かった。
いつでも動けるように微動しておくのは、とても基本的なこと。
だが、前に後ろに右に左に跳ねるのは初めて見た。
ジェーンは腕組みをして難しい顔をし、それから手招きした。
「よし、じゃあ打ってみて」
「とぉーーーー!」
勢いよく跳び上がって足を伸ばしての飛び蹴り。
昨日の成功体験を踏襲したのだろう。
…………僕は格闘技や武術が好きだ。
それは、シンプルにヒーローをやるのに役立つのもだし、学ぶと人間の体がどうやったら効率的に動くのかを学びやすいからだ。
残念なことに、例によって僕には武術とか格闘技の才能はからっきしだったが、知識だけはそれなりにあると自負している。
自分ができないのに、他人の評価をするのは、一概に正しいとは言えない。
しかし……僕視点では到底、まともとは言えない蹴りだった。
足を上げすぎ、跳びすぎ、目線がフェイントでもないのにあちこちに行きすぎ。
運動が苦手な人に共通する特徴が、全身の力み過ぎだが、彼女はそれが行き過ぎてめちゃくちゃな動きになっている。
一歩も動くことなく、勝手に外れた蹴りを見て、ジェーンは頷いた。
「なんだ、よくあるヘタッピじゃない。
今から言うことをやってね。
重心を落として両脚を直角に曲げて背筋を伸ばして」
「はい!」
言われた通りにできた。
これが一番難しいはずなのに。
「それから上下じゃなくて前後に小刻みにステップして」
「押忍!」
これも同じく出来た。
「じゃあ全身の力を抜いて、
腰だけに意識を集中させて。
指先足先は動かしやすいけど、
動きのクオリティに反映されるの、ずっと後だから無視!
それから前に飛び込むようにパンチ!」
「とりゃー!」
「………………んーーーー」
指示は守ってくれた。
なのに突きがジェーンの一メートル横に出た。
「じゃあ一個を極めましょう。
重心を落として、それを維持して。
そうしたら動きやすいってわかるはずだからね。
ためしにこっちから打つから避けてね」
「ぎゃー!」
子どもでも避けられるスピードで打った突きが直撃した。
それからも、何度も何度も試行錯誤を繰り返したが、一向によくならない。
こうしている間も、エルフの人たちは何度も行き交っているのだが、不気味なほど、にこやかにフィニーの下手な空手を見やっていた。
それはまるで、彼らの中ではすでに少女が神聖な儀式に身を捧げるのが決まっているから、残り時間で何をしようとも勝手にすればいいという、断定に映った。
悪意はないのに、酷く歪んでいる。
日が真上を通り過ぎて、ジェーンは頭痛を覚えてその場に膝をついた。
「知恵熱が出た!!」
どれだけ教えてもまるで変化がないことに、ジェーンはついに音を上げてしまった。
「何故だぁ~~。
こんな万人にとってのヘタッピなのに、
何も出てこねえ~~~~」
顔を真っ赤にして真っ青にして、自分の額を徹底的に揉みほぐす。
まあ、仕方がない。ジェーンの周囲はどうしても身分を超えた優秀な人たちばかりが集まっていた。
優秀ということはつまり、学習すればその分だけ成果が出るということだ。
フィニーや……僕とは違う人達だった。
職業選択を間違えたとは何度も言われた。
だが、僕もそれ以外の仕事をしようとは思えなかった。
色々な事情が折り重なっての選択だったが、成果が滅多に出なくとも、やり続けはしてきた。
フィニーも同じだったのだろう。
「ごめんなさい。ちょっと動きとかクセとか纏めて、
後で改善案を出すから、それでまたやりましょう」
諦めないジェーンはそう言うが、フィニーは眉尻を下げて首を振る。
傾き始めた日差しが影を生んでいた。
「ううん。いいの。
もしかしたら外からの声なら変わるかなあって思ったけど。
やっぱり、いいわ」
「一回だけで実を結ぶことはないよ。
教えられてもできないなんて普通だから」
「でもそれよりは、やっぱり世界樹に入るって名誉を選んだ方が確実だわ!
あたし、ハイエルフだし。ハイエルフって寿命が長いから、
入ることが多かったんだって!」
なるほど、だから僕の時代よりも人数が激減しているのか。
昔は一つのコミュニティに十人はいたのに、今や彼女だけになってしまっている。
世界樹へのマッサージに従事することになってしまい、子どもを産んで育てられなくなったのだろう。
「何度でも言うけど、まだ成長の余地はあるよ。
事実、昨日は凄いことをやってのけたじゃないか」
その成功を再現し、成長に使えれば。
フィニーも内心では藁に縋る思いだったに違いない。
だが、ジェーンでも打開策は浮かばない。
「でも時間がかかるわ!
きっと、ママもこのためにあたしを……うん、それはいいか」
酷く残酷なことを、口走りかけ、やめた。
それだけで、フィニーが表に出さないだけでどれほど憔悴しているかが伝わる。
エドガーが慰めても、すでに心を決めているらしい。
「ちょっと二人で話してて」
迎えに来たビギーの肩をジェーンが光速で掴んで、高層ビル同士の隙間に連れて行った。
突然の高速移動に目を回して首をくるくる回したビギーが、目をしばたかせた。
「貴女、フィニーがなんか……世界樹に入るっぽいのをどう思う?
昨日は、生命を助けてもらったじゃない」
単刀直入に問いかけた。
「わからない」
「そんなことはないでしょ。
◯か☓かでもいいから」
「☓」
「そうよね」
「でも仲良くないし……わたしも、もうすぐ、
ベアリタ帝国に留学してここを出るから……
口出すことじゃない、気がする」
「んなことはないでしょう……
貴女は最強の空手家よ。
この里の人ならみんな聴くって」
「父は、この里は、変わらないって言ってた。
何もわからない」
「やってみないとわからないでしょう……」
暖簾に腕押しとわかっても、言ってしまう。
ビギーはジェーンを圧倒する強者の中の強者。
僕の知識でもこと体術に限れば圧倒的な最強だ。
しかし、まだまだ感受性や表現力が育っていない。
とてもアンバランスで危うい存在と言えた。
言葉の通り、わかっていないようだ。
それは、どう対応すべきかや、自分の考えを前に出すやり方も含めてだろう。
「フィニーがやるっていうなら、止める理由がない」
「待って。あの家に泊まってるんでしょう。良い思い出とかあるんじゃないの?」
「…………ケーキとか、夜のおしゃべりとか。
でも、それは関係ない。
だって、わたしは、話すのが苦手だから」
するりと身を離して、たったったっと、その場から走り去られた。
その足取りは、どこかぎこちなかった。
無理矢理止めることはできたが、ジェーンは自分の中での感情が言語化できずに、自分の髪をかき回す。
「ヴァルターが言ったことが当たってるかも。
問題解決能力が落ちてるのかな、あたし」
「これまでと違って、色んな人の気持ちを考えるようになれたからだよ」
食料革命は、おおむねやって正解なことだった。
軍国主義という方針は常に行き詰まりが待っている以上は、誰かが強硬的にでも変化を齎すことを、多くの人たちが内心、望んでいるものだ。
ただ、今回はそうではないのだ。
「君はどう思う?
フィニーが世界樹に入って、孤独に空手で膨大な年月をマッサージに費やすことを、
仕方のないことだと思うかい?」
「というか、そうね」
自分の中にある感情をなんとか手繰り寄せて言葉にし、知恵をギュッと絞り出すようにしてジェーンは言った。
「世界樹に連れていくのを頼んだのはあたしだし、
教えても成果がなかったから、後押ししたみたいになったしで。
────責任を感じているんだわ、あの子に」
六十一歳に“あの子”というのが正解かはわからないが、言いたいことはバッチリ伝わった。
これなら、僕が何とかしてマントの身でどうにかしようと奔走する必要もなさそうだ。
「ちょっと、スッキリしないから、一緒にがんばってくれる?」
「もちろん!」
前言撤回だ。
僕もがんばるぞ。




