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悪役令嬢の前世がスーパーなマンだったとわかりギロチンが落ちる瞬間に地球を逆回転飛行したら時間が巻き戻ったので生き方を改めることにした  作者: スカンジナビア半島
4章 Secret Selva

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【十七】ブラックホールよ!



【十七】


「用務員さぁん? やらないわよ。まだまだ空手道は果てしないんだから」


 昨日、ベスと戦って敗北したエッジィという空手家、彼が店長をしているアパレルショップに来た。

 僕の知るエルフの文化では、オーガニックな薄手のシャツや腰巻きが多かった。


 現代では、空手が映えるオシャレな服装がたくさん並んでいる。

 こうして比べると、過去のエルフもただマナという自然に密着した服装を好んでいただけで、服飾産業が発展していないわけではなかったのがはっきりわかった。


 両手を刃にして腕試しに臨んでいた里の腕自慢が、どういうトリックか、硬質化していた両手を普通の硬度にし、繊細な手つきで衣服を取り扱っていた。


「あら、昨日の韋駄天娘ちゃんはいないのね。

 伝えてちょうだい。次は負けないって」


「わかった。それで改めて、うちの学院で働くのは?」


「いやよ、看守なんて。オシャレじゃないわ」


「用務員! 用務員だから!!」


 ついに人材探しが始まったが、用務員探しは難航していた。

 要求水準が高いというのは大いにある。

 魔術、スーパーパワー、前世と多種多様な相手を監視する以上は、とても高い実力が求められる。

 まとまった人数はもちろんだが、最低でもB級ヴィランくらいは一対一で倒せるくらいは欲しい。


 そういう水準を設けると、自然と《稀人地獄五番合撃》に選出された者達をスカウトしたい、という基準になる。

 だが、空手家として高みにいるということは、その先がどれほど長いかも知っているということだ。

 リトルファムという空手未開国に就職するのは、実力者ほど避けたいことのはずだ。


「あら、そこにいい人材がいるじゃない。

 ゴブリンママの大事な~~~~?

 あら、いけないわ。この子ったら白帯だったわ!」


「何よ! これからすぐ黒帯になるんだから」


 額に青筋を浮かべ、店内で叫ぶ少女を、朝から来店した人々が非難がましい視線で睨んでいた。


「期待しないで待ってるわねえん。

 20年前も同じことを言っていたもの」


 エルフ空手の黒帯を普通は何年で取れるのかは知らない。

 とりあえず、61歳で白帯はそんなに珍しいのだろう。

 この大空手社会においては、社会的な立場が致命的なものになってしまうほどに。


 痛ましい限りだし、ジェーンも不愉快そうにしている。

 フィニーが毎日修行を頑張っているのは、拳ダコ、体のあちこちにある傷や痣からもわかる。

 努力が結果に結びつかないことは誰にでもあるが、一つのことが出来ないだけで嘲りの対象になるのは受け入れがたい。


 もっとも、僕の時代では、エルフは魔術ができないと同じく差別の対象だったと聞く。

 ただ尺度が変わっただけに思えるのは、なんとも寂しい話だ。


「本当にこれだけは不愉快ね! 空手が下手だからなんだっていうのよ!

 世の中、空手以外も大事なこと、いくらでもあるわ」


「そんなことないと思う。空手は凄いよ!」


 差別をされている当のフィニーが反論をしてきた。

 心外と言わんばかりだった。

 よく見る歪みだ。

 迫害されている側が、外に出るつもりがないために、制度や環境を肯定するように動いてしまう。


「ママがゴブリンだからだってだけで嫌われてるのも、

 あたしが空手の達人になったら問題ないもん!

 全員、ギャフンと言わせるまで強くなってやる!」


「~~~~っ!!」


 マントの身だが、思わず余計な口出しをしそうになってしまった。

 才能のない、見込みのないことでも続けようとする。

 それは、ジェーンやエドガーには未知のことだろうが、僕にはとても近しいことだった。


 今でも、アラビア習字の先生が、慣れぬ土下座を僕にする光景が克明に思い出される。


──ごめんね。きみは本当によく頑張っているよ。真面目だし。優しいし。お手伝いも進んでやってくれてる。でもね、駄目なんだ。その糞みてぇなセンスが僕の近くにあると、僕は……駄目になってしまうんだ。もう、筆の握り方もわからなくなってきてるんだ。


 おいたわしや、我が恩師。

 申し訳なさと、流石に言いすぎじゃない? という気持ちが去来する。


 当時の僕も、外から見れば、今のフィニーと同じようだったのだろう。


 しかし、この娘は61歳だ。

 ハイエルフの成長曲線はわからないし、彼女はまだまだ若いどころか幼くさえ見えるが、年月をかけて伸びないのは致命的な問題があるのではないか。

 こういう時、すぐ相談できるところにストリーマーがいてくれればと思う。

 彼女は少年少女の指導に抜群の意欲と適性を持っていた。

 世界中の知力体力全競技の地区大会三位以上の20歳未満はすべてプロファイリングしていた。

 未来から振り返ればただの犯罪者なのに、当時の僕は何を考えて見逃したんだ。


「他のことをやるっていうのもあるんじゃないか?

 まずは筋トレからやってみよう。腹筋ローラーを膝立てから始めるんだ。

 君の見知った腹筋が未知の悦びに跳び跳ねるよ」


 どうにかこの娘に空手以外のことを教えられないものか。

 僕はそう考えたが、ジェーンは別のことが気になったようだ。


「とにかく空手をやって空手を強くなるんだから!

 だってこの里はそれのおかげで成り立っているんだもの!」


「この里の運営になんの関係があるの?」


「ぐっ……」


 口をすべらせたところを追及され、冷や汗を流して最強に助けを求めた。

 しかし、ビギーはフィニーの立場や悩みにはあまり関心を持っていないようだ。

 飛んでいる蝶々を目で追い、指に止まらせて羽の模様を観察している。

 彼女の胸は今、生きる芸術を観察することに夢中のようだ。


「あの……一番強い人としては教えちゃダメとかない?」


助けを直接求められても、

ビギーはきょとんとして首を傾げた。


「わたしは、世界樹のこと、よく知らない。

 あんまり興味ないから。話したいなら……話していいと思う」



「ほら、彼女もそう言ってるし、この際だし知っておきたいわね。

 依頼とは言え、この里の人に命を狙われたんだし」


「あまりイジメたら駄目ですよ」


 もう里は日常の活動に動き出している。

 忙しく行き交う人々は、フィニーに目を止めもしない。


「他国の事情に口を突っ込むのはしないつもりだけど、

 そもそもあまり信用できるところでもなさそうだし、知りたいは知りたいわ!」


「でも……」


「教えてくれたら空手の上達の仕方を見せてあげる」


「えっ!?」


 軽々しくお出しされた提案。

 ジェーンには空手の心得はないはずだ。

 なのに、そんなことを約束してもいいものか。


「ちょっといいんですか、そんな約束」


「大丈夫よ。超高度なことを教える必要はないだろうし。

 誰から見てもてんで駄目ってことは、

 そいつらが馬鹿で言語化できないだけで欠陥はハッキリしてるはず」


 小声での内緒話とは思えない、自信と確信に満ち溢れた断言だ。

 僕もエドガーも目を白黒させて流すしかない。

 初耳な概念、考え方をお出しされてしまえば、こちらからは何も言えることがない。


「なあに、ちょっとした体を動かすエッセンスを伝えたら問題ないって」


そうなのだろうか。

信じるしかないけれども。


「とにかくほら、言うてみぃ?

 あたしは何でもできるタイプだから空手の指導もお茶の子さいさいよ」


 両肩に手を載せて迫る。

 外見年齢と恐らくは精神年齢がミドルティーンのフィニーには、ジェーンの迫力に抗うことができるはずもない。


「でもなあ……伝えても信じてもらえるか。

 ……ちょっと世界樹の根本に連れて行ってもらえる?

 ここをまっすぐ走ればつくから」


 そう言って地平線の向こうを横に横断する形で立ちはだかる巨大な木の幹による壁を指さす。


 それくらいならと頷いたジェーンが、その場の全員を抱えて世界樹まで走っていった。

 あまり広くはない里の端にあるものだ。


 予想よりずっと速くに辿り着いた。

 こうして目の前に立ってみれば、圧巻の迫力と言う他ないものだった。


 横幅だけで三キロはありそうな大きさ。

 高さは首をどれだけ上げても足りない。

 樹皮の感触は伝説の大陸竜の鱗よりも硬く、彫りが深い。


 怪物どころではない。

 神そのものだろう。この樹は。


「ここに耳を当ててみて」


 神聖で荘厳な大樹に耳をぴたりと当て、内部の音を聴き取る仕草をした。

 そんなことをしなくとも、ジェーンの超聴力にかかれば、樹の生命活動の動きは聴こえるはず。


 とりあえずと姉と弟は揃って樹に耳を当てた。

 すると、木の内部、というのもおかしいくらいの深くから、たしかなありえざる振動が響いてきた。


 それは樹が水や栄養を吸い上げて枝の末端まで巡らせる音ではない。

 何かが、まさか誰かということはないだろう。

 とても強くて大きなものが、内側から外へと樹を叩き、それと一緒に業風が吹き荒れる気配もしている。

 これは正確には鼓膜で聴き取るのではなく、骨から伝わる直感だった。


「これって……?」


「まさか……」


「この里には伝説があるの。

 何万年かに一度、誰かが世界樹に入るんだって。

 そこで、正拳突きを続けて、マナが正しく生み出されるように、マッサージをするって」


 フィニーの語り口が厳かで、胸をざわつかせる底知れぬものになった。

 彼女が元気で健気な女の子よりも、マナの体現者として、特別な使命を帯びるとされるハイエルフの性質に見えた。


「うん…………へぇ?」


 ジェーンともあろう者が困惑している。

 だが、秋田出身の僕には納得だ。

 木とは、どうしても育ちすぎるとさまざまな問題を持つ。

 それは、周囲の土壌を吸いすぎたり、同族を増やしすぎたり、生態系を激変させてしまったりだ。

 そのため、父や母も、自分の土地の森林の調子には目を光らせていたものだった。


「この世界樹は育ちすぎたから、

 誰かが面倒を見続けないといけなかったらしいの。

 それで、この樹の中に埋まって、空手をし続けるんだって」


 僕の認識と同じことをフィニーが続けた。


「人生の終わりまで、出ることはないけれども。

 豊潤なマナの中でひたすらに鍛え続けたエルフは、

 極限の奥義を編み出して寿命間際に世界樹から戻ってくるの」


ママから聞いたとのことだが、

やけに事情通だ。

それは、彼女の母ゴブリンがハイエルフを育てる立場だからか、

またはこの里では一般常識なのか。


「とにかく聴こえてくるものに集中してみて。

 昔の人が今も頑張ってる音が伝わるなんてロマンチックでしょ!」


「やけに伝わってくる音が大きいな……。

 まるで拳で耳がノックされているかのようだ」


「これが本当に中にいる人が出している音として、

 それが出てくるのっていつになるの?」


ジェーンの超聴力か、または超感覚、

それとも天才的な観察眼が

何か違和感を嗅ぎ取ったようだ。

眉を顰めてもっと耳を押し付ける。


「500年後らしいからまだまだ先だってママが言ってた。

 とにかく、だから空手は世界樹を鎮める儀式の術としての役割があって、

 誰にとっても大事なものなの!」


 なるほど。ようやく里《惑星・不動拳》の在り方がわかった。

 思想もだが、儀式としても、ここの生命線として活用されていたのか。

 相撲が神事、神への捧げ物としての儀式だったように。

 プロレスが神々と戯れて信仰を深めるための魔術空間構築だったように。

 僕達が子供の頃に道場などで励んでいた武道が、遠い未来に、別の人種の儀式となった。


 しみじみと年月と運命の数奇さがわかる。

 まさに大河の流れに揺蕩うようだ。

 世界樹の巨大さと、歴史の重さに呑まれている。


 こうしているだけで、僕の自意識は過去と未来が合わさった、全なる個という自我になれた気がした。


 ジェーンは得た情報を元に、今の状況に首を傾げていた。


「なんか変なんだけど」


 観察眼と洞察力に優れたジェーンが、もう何かを察知したらしい。


 まあ、その止まらない好奇心と頭の回転が良いところで武器なのはわかるけれども。

 もう少し、余韻というものを大事にしてほしいな。


 そんなことを考えていた僕でも、次の発言には現実に引き戻された。


「中の音がどんどん大きくなってるから、

 これすぐにでも外に──」


 僕が圧倒されていた世界樹の威容だったのに、樹のどてっ腹にあたる部分に、黒色の球体が飛び出て、周囲の豊かな自然を吸い込んだ。

 マントの僕が網に変形したので、小動物は吸い込まれるのを防げはしたが、無音の静寂が無惨にも壊された。


 世界樹の内部から出てきたのは、文字通りの木乃伊めいたエルフだった。

 僕の時代よりもずっと、オーガニックな、悪く言えばぼろきれめいた服を纏っている。


 ボロボロの道着の残滓を腰からぶら下げて、こちらに落ち窪んだ双眸を向け、手を挙げ──


 黒点を生み出す突きを出した。


「離れて! あれは──ブラックホールよ!!」


 壊れた玩具のように周囲を顧みることなく、骨と皮と筋肉だけのマッチョな枯れ木の両腕、その拳でブラックホールを生み出す。

 世界樹の中には悠久の年月の間、それがいたのだ。

 壊れた空手即身仏が、世界樹をマッサージしていた。


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