第漆拾捌巻 典人サイド 気のゆるみ
第漆拾捌巻 典人サイド気のゆるみ
この異世界で初めて遭遇した知的生命体と言うべき存在は、正しく人の形をしていた。
姿を現したのは6人。
全員男のようだ。
と言うか、完全に典人と同じ見た目をしている。
つまりは皆、普通の人間だ。
内心、典人はその事にホッとする。
年齢には多少のばらつきはあるものの、おおよそ20歳代後半から40歳手前といったところか。
恰好は想像通りと言うか中世ファンタジー小説やゲームに出て来そうな軽微な革鎧や服装をしている。
腰や背中には武器を持っているが、近付いて来るにあたり、敵意がない事を示すためであろう、構えてはいない。
それどころか先頭の恐らくは典人たちに声を掛けて来たであろうその集団のリーダーらしき男は両手を上げて害意のない事を積極的に示そうとしている。
森から出て来た男達はゆっくりと歩いて近付いて来て 5メートルくらい離れた所で止まり話掛けて来た
「俺達はここら辺で活動している冒険者なんだが、あんたらここら辺じゃ見かけないもんだからちょっと声を掛けさせてもらったんだ。俺はこのパーティー『吹き抜ける風』のリーダー、ゼフトだ」
ゼフトと名乗ったリーダーらしき男が爽やかな笑顔を見せながら他の男達より一歩前に出た。
「あっ、僕は典人です。
(おおっ! 本物の冒険者だよ! オレたちの住んでいる砦を見た時からもしかして西洋風ファンタジー世界かと思っていたけど当たりじゃん)
典人は他のメンバーをよそに一人、この世界で初めて会う異世界人に少しテンションが上がりだしていた。
改めて冒険者の男達の恰好をよく見てみれば、使い古されたであろう年季を感じさせる装備をしている。
ある者は剣を腰に下げ、胸や肩を覆う革鎧を着ている。
他の一人の男はローブを着て手には木で造られたねじ曲がった形の木の杖を持ち、また、他の男は胸当てだけで、腰に矢筒を下げ、背中には弓を背負っている。
ほかにも、腰に短い剣を2本付けている者、斧を背負っている者、どこかの神様を信仰しているのであろう、首から何かの印を下げている者と、正に典人が思い描いていた冒険者のパーティー像そのものといったチーム編成をしている。
所々に傷らしきものや土や泥で汚れはあるものの、森に入っていたのなら、恐らくは典人たちも以前に遭遇した生物を狩ったり、薬草や素材などの採取をしていたのであれば、当たり前のことであり、それを差し引けば装備に手入れをされた身ぎれいな恰好をしていると言える。
それぞれの顔も、美形とは行かないが、それなりの凛々しい顔つきであり、今は穏やかそうな雰囲気を出している。
特にリーダーであろうゼフトと名乗った男は爽やかな笑顔がなかなかによく似合う。
一人、斧を背負った男は顔に大きめの切傷が走っているものの、精悍な顔つきで、かえって傷がこれまでの危険をかいくぐって来たであろう熟練の年月を感じさせた。
「で? あんた碌な武装もせずに、どうしてこんな道を歩いてるんだ? しかも、大勢の女の子を連れて?」
「野盗にでも襲われたか? いや、違うか。それなら、そんなに別嬪さんばかり連れてるのに無事で済むわけないか。あんた人買い……って感じでもないな。若すぎるし、そもそも恰好がおかし過ぎる。一体何者だ?」
男達も典人たちの事を怪しいと思っているらしく、訝しんだ目を向けてくる。
ただ、その怪しさが、男達も経験したことのない奇妙な恰好の連中と言う事で、どうにも困惑の色が強いように見える。
(疑われているのか? と言うか人買いって……この世界には普通にあるのか!?)
典人が誤解を解くためにはどう説明すればよいものかと頭を巡らし悩んでいると
(キキ)と慧理が一歩前に出て話し始めた。
「ワタシタチ、森ヲ抜ケテ、逃ゲテキマシタ」
(もっと東?……この地域じゃ見かけない格好と併せて考えると、サンブークかマクニッツァか)
キキの話から、ゼフトと名乗った男は即座に素性の当たりをつける。
「……マクニッツァから来た」
そこへ肯定するかのように慧理が逃げてきた国の名を明かした。
「そうだったか。戦争を逃れて来たってわけか……それは大変だったろう。済まなかったな、疑ったりして」
長い黒髪に日焼け気味の肌の少女の方から出た言葉に納得したゼフトが疑った事を素直に謝罪する。
これは当然、慧理がこの世界の地理に明るかったわけではない。
慧理の『覚』として元々持っている能力、人の心を読む力『悟り』でゼフトの心を読んで答えたに過ぎない。
「いえいえ、しょうがないですよ。オレたちの恰好とか、かなり変ですし」
(よかった。とりあえず、話は通じたようだ。あと、言葉が理解できて助かった)
典人は心の中で安堵の息を漏らす。
あらかじめ皆でこうなることは予想していたので、森を抜ける道中で話し合って対応の仕方を決めていた。
遭遇した知的生命体、人と近しいと仮定して、どうコンタクトを取るか。
自分たちの住んでいる砦から考えて、自分たちと同じくらいの身長、中世ヨーロッパ風の文化くらいはあると想像していた。
典人の能力で砦の女の子たちのステータスともいうべき項目を見ることができたが、その中に『異世界で得た種族名』という項目があり、『人族』という種族になっている子たちがいることから人間がいるであろうことは当たりがつけられていた。
だが、ここで勘違いをしてはいけない。
それはあくまで『中世ヨーロッパ風』であって「中世ヨーロッパ」ではないという点だ。
この辺はよくラノベで「中世ヨーロッパ風なのになんでこんなのがあるの?」みたいな疑問が飛び出てくるが、あくまで『風』であって中世そのものではない。
元の世界と違った生物がいたり、能力が発現したりしている時点で元の世界とは違う『理』で成り立っているのは明白だ。
必然、文化の発展の歩みも違ってくる。
似ているだけで。
典人としては よく言葉が通じたものだと思う。
これだけで、コミュニケーションが取れる。それだけでも有難い。
だが、他の女の子たちはその辺に関しては何の心配もしていなかった。
理由は『亀』の件によるものであったが。
「マクニッツァの服装なんだろ? 仕方がないさ。だが、そう言ってもらえると助かる。ここは魔物の森の端だからな。どうしても怪しいヤツを見ると警戒しちまう。いくら美人揃いの集団でもな」
「やっぱりそうですよね」
お互い笑顔になる。
「それに魔物も多い。アルマジラットやゴブリンやシープルフはもちろん、ユニホンラビーやオーク、時にはアシュランベアなんかも出てくることがあるからな」
別の男、両側の腰に二本の短剣をさした男が話に入ってくる。
「アルマジラット? シープ……ウルフ? えっ? えっ?」
ゴブリンやオークは日本で聞いた事のあるファンタジー小説やゲームで出てくる者と同じであれば想像がつく。
だが、シープルフやユニホンラビーなどは聞いた覚えがない。実はこの二種類とも典人はこの異世界に来てから遭遇している。前者は木の実の迷子事件で、後者は牢獄核の結界の境界があった時にそれを見に行く際に追い回されて。
残りの二種類はまだ遭遇していなかった。恐らくはほかにもまだまだ知らない動物や魔物がこの森に生息しているに違いない。
「んっ? マクニッツァにはいないのか?」
男の一人、両側に探検を装備した男が訝し気な視線を向ける。
(しまった! この辺じゃ、当たり前にいる生き物だったのか!?)
典人が内心冷や汗を流していると、横合いから助け舟が出た。
「いるかもしれないけど、私たちは見たことが無かったのよ。今まで、あまり森に入ったことがなかったから」
いや、あまり助け舟にはならなかった。
強気な態度で『磯姫』の姫埜が言い放つ。
「こっ、こら、姫埜! すみません世間知らずなもので」
典人が慌てて頭を下げる。
「何よ!」
この反応に冒険者の男達の方が唖然とした表情を浮かべた。
「あんたら魔物を知らない訳じゃないよな?」
さらに疑惑の目を向けられたことに、典人はますます内心冷や汗を流していた。
「いっ、いや、オレたち遠くから旅して来たもんだから、この辺の魔物の呼び名を良く知らなかったんだ。良ければ教えてくれると有り難いんだけど」
これ以上追及されるのはまずい。
話せば話すほどボロが出そうだ。
「……はあ、なんか変わってると思ったけど、マグニッツァとは。ほんとに遠い異国から来たみたいだな。それにしてもよくそんな軽装で無事にやってこれたもんだな」
「いやあ、運が良かったみたいで」
典人は左手で頭の後ろを書きながら笑顔を作る。
幸い、それ以上の追及はされなかった。
かなり遠くから来たせいで、この辺の自然環境に明るくないと思ってもらえたようだ。
その後は近くの村を目指しているという典人たちの話にゼフト達が案内と美少女たちの護衛を兼ねて同行を申し出た。
◇
夕暮れ時。
そろそろ足元が暗くなってきた。
典人たちの灯りは射鳥の行灯を灯している。
昼もかなり過ぎたあたりに出会って、一緒に移動し始めた典人たちとゼフト達だったが、その日の内には村に着くことはできず、適当な場所を見つけ夜営をすることになった。
時々、焚き火から起こる木が爆ぜるパチパチという音が日の落ちた辺りに小さく響く。
もともと10人と多かったが、今は16人とさらに多くなっている。
食事はそれぞれが多めに作り分け合うという形式をとった。
「悪いな。取ったばかりの鳥肉を出してもらって」
「いえいえ、いろいろこの辺りの話も聞かせてもらえましたし」
『小豆洗い』の梓が弓をもっていた男、ベンスによそったお椀を差し出してニッコリとほほ笑む。
「いやあ、夜営でこんな可愛い子たちの手料理が食べられるんだから何でも話しちゃうよ」
そこに調子よく短剣を二本下げた男、ジェイクが加わる。
「情報は宝だ」
それを斧を持っていた顔に切り傷のある年配の男、ブランツが窘めた。
「なんだよブランツ。こんな時くらい固いこと言うなよな」
「あははは、さすが冒険者ですね」
焚火を囲んでにぎやかに食事と談笑が続いていく。
典人は興奮の表情を抑えきれずに、いろいろなことを聞いていた。
もちろん、冒険者のことである。
冒険者登録の事、武勇伝や逆に失敗談など。
それにゼフトたちは面倒くさがることもなく、むしろ面白おかしく語って聞かせてくれていた。
しばらくして、
「ふわあ~」
典人が右手で口元を抑えつつ、大きな欠伸を一つする。
「慣れない道中で疲れたんだろ。見張りは熟練冒険者の俺達に任せて君たちは横になるといい」
焚火の中に傍らに置いてある木を放り込みながら、ジェイクがそんな典人に声を掛ける。
木の爆ぜる音が一度大きく鳴った。
「何が「熟練冒険者の俺達」だよ。お前じゃ不安だろ」
「ベンス、てめえ! お前は特別に永久に眠らせる!」
「あはは、それじゃあお言葉に甘えて、みんな休ませてもらおうか」
「「ふわ~い」」
「お前らホント仲良いな」
全員が欠伸をしながら返事をしたようなおかしな声が揃うのに対して、ゼフト達は顔を見合わせて苦笑を返す。
それから、典人たちは思い思いの場所に移動して横になり始めた。
「「おやすみなさーい」」
「おやすみ」
「良い夢を」
ゼフト達はそんな典人たちに軽く手を挙げて返していた。
まもなく、あちこちからスースーという可愛らしくも安らかな寝息の音が聞こえ始めてきた。
その寝息を聞きながらゼフト達はおもむろに立ち上がる。
一際、大きく焚火の木が爆ぜる音がした。
「安心して眠っときな。なあに、傷付けやしねえよ。なんたって、お前らは大事な商品なんだからよ」




