第漆拾玖巻 典人サイド 気質
第漆拾玖巻 典人サイド 気質
「そろそろ効いてきたか?」
「へい、そのようですぜ」
焚き火の灯りの中、次々と立ち上がる男達の影が、辺りの闇の中でゆらりとその炎に照らし出されていた。
「安心しな。殺しはしねえよ。眠らせただけだからな。まあ、起きても身体が痺れてしばらくまともに動けないだろうがな」
「へへへっ、ゼフトの兄貴、聞こえちゃいませんて」
少し離れた所で、温かいとはいえ布を掛けただけのまま、スヤスヤと寝息の音を立てる典人たちを見やりつつ、ゼフトと呼ばれた男ともう一人の男が言葉を交わす。
「で、これからどうしやす、ゼフトの頭」
他の男もそれまでの典人たちに見せていた親し気な口調から、途端に、かなり粗雑な口調へと変わった。
「決まってんだろ。女達の方は勿論、男の方もそれなりに整っているからな。闇商人に売り飛ばしてやるから縛りあげて運ぶぞ。残りを呼んで来い!」
「へい」
返事をした男が森に向かってランタンを、ゆらりゆらりと振るように合図を送ると、しばらくして、森の中からぞろぞろと男たちが姿を現した。
その数20人といったところか。
その恰好はゼフトと名乗った男達のような冒険者の装いとは違い、かなり粗末な服装で手には各々剣を持っている。
人相も先の男達とは違いあまり整ってはおらず、中には頬に大きな火傷の跡を持つ者もいる。
恐らくは先の連中は旅人を油断させるために比較的人相の良い者を選んでいるのだろう。
そんな男たちがいかにも悪党と言ったようなヒタヒタ笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「明烏の集団が王国まで流れて来てからはついてないと思っていたが、思いもしない所でとんだ拾い物をしたものだ。まだまだ俺達も運には見放されてはいないようだな」
最近帝国の方から流れて来たらしき野盗の集団が自分たちの縄張りを犯し始めてきた。
明烏という大規模な野盗集団。
大きな森の外縁部や山の麓に野盗が棲み付くことはさして珍しくはない。
身を隠すにも、逃げるのにも、そして襲うにも、都合がいいからだ。
まして、このヴァレシアス大樹海は広大な広さを有しているうえ、幾つかの国に接している。
魔物が生息しているため、普通の人間は寄り付きもしないが、集団でいれば警戒するにしろ、逃げるにしろ、なんとかなる為、かえってお尋ね者などには絶好の場所と言えた。
必然と言うべきか、複数の野盗が存在することもあり、しばしば縄張り争いのようなことも起きる。
今回は対抗しようにも数が違い過ぎて勝ち目がない。
手を組むにしても力関係からこき使われるのが目に見えている。
それは面白くない。
やむなく拠点を移そうとしていたが、その最中に思わぬ獲物に出会った。
これだけの上物ばかり、一人ひとりでも滅多にお目に掛かれるもんじゃないとこの野盗の集団のリーダー格の男、ゼフトは即座に判断した。
自分たちのお得意の手口。
まずは自分を含め外見の良さそうな連中で冒険者に成りすまし、相手を油断させる。
この場合、見た目が良いといっても冒険者を装うのだから、美形である必要はなく、それなりの熟練を感じさせればいい。
そもそも野盗にまで落ちた連中に、そうそう美形がいるわけもない。
その後は油断させ罠にかけ、残った連中と合わせて内と外から襲いかかる。
今回の場合、一人を除いて女ばかり。
しかも、男も含めて全員なかなかの上玉ときている。
下手に傷付けては商品価値が下がるというもの。
油断を誘う為、少々手間を掛けたが、その甲斐はあるだろう。
思い思いの場所で横になっている女たちの方を見た。
野宿に慣れているのか、この野営の装備も碌にしていない状況で、スヤスヤと心地よさそうな寝息を立てている。
季節はまだ夏とはいえ、今まで野ざらしで布を掛けただけで眠るのは慣れない者にはきついはずだ。
テントなどの夜営道具もなく、一体どうやってこのヴァレシアス大樹海を抜けて来たのかは疑問ではあるが、町の方から歩いてきたにしてはその様子がおかしかったので、森を抜けた来たという言葉には嘘はないだろう。
それにしても、見れば見るほど、よくぞまあこれだけ容姿の整った少女ばかり揃ったもんだと感心する。
年齢は一番上であろう、やや灰色味掛かった長い黒髪の女でも20には届いていないだろう。
他は当然成人していないような娘ばかりに見える。
「でも、その前にお楽しみの時間はあるんでしょうねえ?」
「心配すんな。これだけの上玉が揃ってるんだ。そうだな、一人か二人、新しいアジトで飼うとするか。それと後は売り飛ばして金にする」
ヒュウ~。
男達から静かにだが歓声やら口笛やらが上がる。
「俺はあの長くて綺麗な黒髪を両側で結った女の子の髪の毛で抜いてもらうとするかな。なあお頭、それなら傷物にはならないから良いだろ?」
「でたよ。この変態!」
「うるせえ、幼な巨乳とかいう特殊性癖シュミのお前に言われたくねえよ! いねえだろ、そんなのゴロゴロと」
「ふん。ここにいるじゃねえか。ということで俺様はこの娘をいただくぜ。さてと、まずは胸から、へへへ」
指を刺した先には、少し離れた所で行灯を枕元に置いた少女が小さな寝息を立てていた。
その胸元は仰向けになっているにもかかわらず少女の外見的な見た目の幼さからはかけ離れたほど隆起しており、その双丘がゆっくりと静かに上下しており、まるで本体とは別の二つの生き物の様に自己主張しているかの様であった。
少なくともこの野盗の男にはそう見えていた。
思わずゴクリと生唾を飲み込む。
そして気持ち悪く両手の指を10本ともバラバラにワキワキとくねらせ、同じく顔には気持ち悪い笑みを浮かべながら射鳥の元へと歩み寄っていった。
やがて野盗の男は少女の枕元まで近付いて行き横に立つと、その両手を少女の二つの双丘へと伸ばし、しっかりと握りしめ、その感触を楽しみ始め、
ることは出来なかった。
その指先は少女の大きな胸に触れることなく空を切るように胸の中へと沈み込んでいく。
「なっ!?」
ムニュリと形を変えたのではない。
指が深く沈みこんだのでもない。
スルリと手がすり抜けたのである。
野盗の男は一瞬何が起きたか分からずに惚け、次の瞬間そこで穏やかな寝息を立てていた少女の姿が霞のように掻き消えていることに気が付いた。
「消えた!? 消えちまった! どこ行きやがった!」
男は辺りを必死に見渡す。
だが、目的の少女は影も形も無かった。
「何、騒いでいやがる! いくら眠り薬で眠らせているとはいえ、起きちまうだろうが!」
「どうした興奮して? そんなに揉み心地が良かったのかよ。んじゃあ、まあ、俺も参加させてもらうとしようかね」
一人の男が叫んでいる男をからかう様にニヤニヤとした口調で問いかけながら腰を上げようとしている。
「違う! 逃げやがった!」
「何だと!」
その言葉に反応したの等の男達が即座に各々武器を手に辺りを見渡す。
見れば男の言う通り、男の傍に少女の姿はない。
「狸寝入りは私の十八番だもんね」
その男達の困惑の態度など気にもせず、あらぬ方向から少女の可愛らしい声が掛かる。
男達が声の方向を見ると、いつの間にか男達から離れた位置で行灯を抱えた少女、射鳥が佇んでいた。
行灯の灯り(あか)が柔らかく辺りを照らしている。
照らし出されたその傍では典人が穏やかな寝息を立てて眠っていた。
「貴方がたが私たちに一服盛ろうとしていたのは気付いていました。ですが、こちらとしても、典人様が眠っていていただいたほうが都合が良いので、そのまま乗らせてもらうことに致しました」
いつの間にか起きていた『木霊』の麗紀が別の場所から話掛けて来た。
ちなみに食べ物に関しては砦にいる時からいろいろ試しているので典人たちもそれなりに問題なく食べることが出来るのは分かっている。
薬や毒に関しても、慧理が野盗達の心を読んで分かった事を麗紀に伝え、それを麗紀がこっそりと確認していた。
『藤原千方』の『金鬼』である千金が『金剛装気』と唱え全身に薄く金色に輝くオーラの幕を纏い典人の傍らで守るように立つ。
「そうそう、典人にはまだあまり残酷なところは見せたくないしね。まあ、近いうちに慣れてもらわないといけないみたいだけどね。この世界はあんたらみたいなクズが多そうだし」
別の場所から『磯姫』の姫埜が明らかに軽蔑した眼差しを男達に向けていた。
どうやら、一か所に固まらずに思い思いの場所で眠っていたのはバラバラになることで、この野盗の男達の正体を炙り出すための罠だったようだ。
「でもでもお」
その隣りで『シバカキ』の遥が言い淀む。
「ええ、それでもできれば御館様の手を汚させたくはないですね」
その言葉を『藤原千方』の『水鬼』の千水が引き継ぐ。
「そうですね」
「賛成デース!」
『小豆洗い』の梓と『キュウモウ狸』のキキがそれに賛同する。
見た目は皆、愛らしい少女の姿をしているものの、元々は魑魅魍魎。
人の死に対する忌避間はかなり少ない。
自分達が大切にしているもの、つまりはこの異世界に会って、唯一元の世界の日本に還るための鍵と成り得る典人以外の人間は現在のところ、どうでもいいとさえ考えている。
「ちっ、バレてやがったのか」
「どうしやす頭?」
「なんてことはねえ。まあ、数で組み伏せれば問題ねえよ」
「そうでやした。気付かれたところで大した違いはありやせんでした」
男たちは余裕の笑みを浮かべて取り囲み始める。
「あまり商品に傷はつけたくなかったんだがなあ」
「ここで躾をしておくのも悪くないんじゃありやせんか?」
「そうだな。それも一興か。それにしても何故、俺達が野盗だと気が付いた?」
以前からこの手で何人もの行商人や旅人を罠にかけてきた連中にはそれなりにバレないという自信があった。しかも、見るからに旅慣れていない、警戒心の薄そうな連中だ。
だがヴァレシアス大樹海を超えてまで王国に渡ってきたと言う事は身なりの良さから、素性を明かせないことがあるに違いない。
あとでじっくり体にでも効きだして、弱みを握れれば、うまくすればもっと美味しい思いが出来るかもしれないのだ。
「街道沿いで人を騙したり襲ったりするのは妖怪の常套手段だからね」
「何てったって、年季が違うわよ」
遥と姫埜が口々に言う。
「ああ?」
「ようかい? 何だそれは?」
「別にあんた達が知らなくてもいいわよ」
いつもの典人に向けるツンデレ要素のツンの欠片もない言葉で姫埜が冷たく言い放つ。
それと同時に風もないのに姫埜のツインテールにした地面まで届きそうな黒髪がフワリと揺れる。
女の子は髪型が変わると雰囲気が変わって見えるというが、艶やかな髪が月夜に軽く靡いただけで姫埜の雰囲気が一変した。
いや、姫埜だけではない。
その場にいた女の子全員の雰囲気が変わっていた。
化けの皮が剥がれたのは、果たして、どちらであったのだろうか?
それを今から思い知ることになる。
命を懸けて。




