第陸拾捌巻 頭領戦 天音 vs 頭領 猛気
第陸拾捌巻 頭領戦 天音 vs 頭領 猛気
『川天狗』の天音はこの時を待っていた。
この世界と元の世界での『刻』の在り方が同じなのか、それともこの『牢獄核』内だから同じなのかはわからないが、自分たちの感覚で『丑三つ時』にあたる時間、つまりは丑寅の時間は鬼門つまりは気紋の力が一番高まる時となる。
『丑三つ時』。
つまりは午前2時頃。
魑魅魍魎としての自分たちの力はピークを迎える。
ここで『猛気』を使う。
今の状況下では長くはもたないが、それで十分だと天音は感じていた。
「何だか知らねえが、俺様の『獄壊の魔戦斧』の本気の一撃をまともに受けて立っていやがるとは俺様が見込んだだけの良い女だぜ」
まだ余裕を崩さない野盗の頭領ガズル。
「だがな」
ガズルがこの戦いで初めて自ら突進していった。
それは本質的な衝動からか、あるいは根源的な恐怖からか。
「本当に惜しいが俺様の渾身の一撃で逝かせてやるぜ!」
『獄壊の魔戦斧』を振りかぶり。
渾身の力で振り下ろす。
酷く単調で、直線的で、暴力的な一撃。
だが、本来の大斧としての真価を最大限に発揮する攻撃。
「……」
それを天音は天狗の羽団扇で易々と大斧を受け止めてみせた。
「何だと!」
流石の野盗の頭領ガズルも、これには驚きを隠せなかった。
粉砕するつもりで叩き下ろした一撃。
受けたにしても、力と重量で羽団扇諸共、以前に公国の騎士を鎧ごと縦に両断したように、真っ二つに潰し斬る威力があるはずだ。
なのに、目の前の女は左手の羽団扇だけで受けきっている。
たとえそれが、自分が持つ『獄壊の魔戦斧』と同じ魔道具だとしてもだ。
そして。
「ぐはっ!」
腹に一撃。
天音の右手正拳突きがガズルの腹部に刺さる。
ガズルがよろめき数歩後ろに下がった。
流石というべきか、崩れ落ちるようなことはなかったが、それなりのダメージは入ったようだ。
それがガズルの自尊心を甚く傷付けた。
まさか、目の前の華奢な女に自分が数歩とはいえ下がらされることになるとは。
「ふざけるなああ!」
喉の奥からの咆哮と共に力任せに大斧を振るい天音に叩きつける。
その一撃は先ほどまでの遊びのものではなく、一撃一撃が砦の城壁を破壊する威力を秘めて居るはずだ。
「バカな!」
にもかかわらず、そのすべてを天音は羽団扇だけで受けきっている。
しかも片手で。
凡そ、ガズルには受け入れられるものではなかった。
それからもガズルは狂ったように『獄壊の魔戦斧』を振るう。
周囲は激しい気流とそれに巻き上げられた土石で荒れ狂ったようになっていた。
しかし、天音はそれをものともせずに踏み込んでくる。
「これでも食らいやがれ!」
ガズルは今度こそ形振り構わない渾身の力を込めて『獄壊の魔戦斧』を振り下ろした。
だが、今度も左手の羽団扇に受け止められる。
いや。
違う。
羽団扇の顔。
口の部分が開き、その長く伸びた牙が『獄壊の魔戦斧』に食らいついていた。
硬質な音と共に、斧の刃にひびが入る。
「武器破壊だと!」
先ほどのガズルの言葉通り、正に食らっていた。
「そんなはずは! 俺様の『獄壊の魔戦斧』が!」
ガズルの驚愕の声と同時に、その羽団扇の顔が、まるで噛み砕くかのように『獄壊の魔戦斧』の刃を粉々に破壊していった。
「ご馳走様でした。これで終わりです」
天音(天音が言葉と共に羽団扇を刀に変えてガズルの心の臓へと突き立てる。
「ごほっ! ……バカ、なっ……」
ガズルはそのまま仰向けに倒れこみ息絶えた。
「勝ちましたね」
「まったく、格好を付け過ぎですの
『琵琶牧々』の日和と『鈴彦姫』の鈴姫も天音がガズルを倒したのを計ったかのように演奏と舞を終えていた。
「姉分として妹分の前で良い格好をしたいのは致し方ありませんよ」
『方相氏』の練が薄くほほ笑む。
「それでも、そろそろ限界みたいだのう」
『馬魔』の瑠宇魔の言葉と同時に、天音ががっくりと片膝を落とし、地面に手を付いた。
「お姉さま!」
『センポクカンポク』の餞保の塗った薬の効果か、それとも感情の昇りで一時的に痛みを忘れての事か、『木の葉天狗』の木埜葉は我が身も顧みずに天音の元へと駆け寄り片膝をつき耐える敬愛すべき姉を支えた。
「恥ずかしい所を見せました。私もまだまだのようです」
「そんなことありません天音お姉さま」
「いいえ、牢獄核の中にあって、尚且つ、さきらちゃんの『家内反映』や日和さんと鈴姫さんの恩恵を得ているにも拘らず、殆どの妖力を消耗してしまいました。しばらくはまともに動けそうにないですね」
木埜葉の言葉に天音が首を軽く振って続ける。
それから、木埜葉に肩を借りながら、気づかわし気に見つめる木埜葉に、いつもの優し気な微笑みを浮かべて天音が口を開く。
「私もまだまだ修行が足りない様です。木埜葉、共に精進いたしましょう」
「はい! お姉さま!」
天音の優しい汗の匂いが木埜葉の鼻孔に安らぎを与えてくれる。
「世話を掛けますが、少し眠ります」
「はい。ゆっくりお休みください天音お姉さま」
天音はそういうとそのままの姿勢で静かに目を閉じた。
少し木埜葉に天音の重みと温もりがかかる。
「傷だらけで身を寄せ合う美少女。なかなか良いシーン♪ 良いタイミングに来た♪ フンフン♪ ヒョウヒョウ♪」
『ガラッパ』の嘉良波が少し離れた所から二人をキラキラした瞳でそっと眺めていた。
「嘉良波さん、持ち場を離れて大丈夫ですか?」
遊撃として、様子を見に来た『油取り』の亜鳥が嘉良波の後からやってきて問う。
その手には大きな串が握られており、(穂先)は血に濡れていた。
何故だか、こちらはこちらで亜鳥の肌が妙に艶々しているように見えるのは気のせいだろうか。
「問題ない。砂羅たちがいる。それよりあの二人、どちらもそろそろ限界。運ぶのが必要。力仕事はわたし得意」
嘉良波が指をさすと同時に天音を支えていた木埜葉が今にも天音諸共崩れ落ちそうになっている。
「あっ!」
『油徳利』の由利が声を上げ口元に手を当てる。
間一髪、餞保と治療の手伝いをするために近くまで来ていた『瓶長』の芽梨茶が天音と木埜葉が地面に倒れてしまうのを防いだ。
「やれやれ、どうやら二人とも気絶しているだけみたいで大丈夫そうですね。まったく、似た者姉妹というところでしょうか」
「くすっ、そうですね」
支えた二人が、顔を見合わせてほほ笑んでいた。




