第陸拾漆巻 頭領戦 天音 vs 頭領 気位が高い
第陸拾漆巻 頭領戦 天音 vs 頭領 気位が高い
盾と矛を構えた女と空を駆ける玉虫色の馬に跨り矛を振るう少女。
『方相氏』の練と『馬魔』の瑠宇魔である。
(角? 鬼人族の女に、奇妙な馬に跨る女。あれは魔人族、か? 本当に選り取り見取りで面白えじゃねえか)
明らかに今までと違い戦えるであろう者たちの登場にも関わらずガズルは動揺した様子もない。
それどころか、楽しみが増えたといわんばかりの不敵な笑みさえ浮かべている。
「何か、うち、あからさまに無視された気がするのお」
「そんなことないよ! こころお姉ちゃんはすごいんだから! 強いんだから!」
『衣蛸』のこころの両手を振り上げての不平の声に、一緒についてきていた『座敷童』のさきらが励ます。
「そうですよこころちゃん」
同じく一緒に付いてきた『五徳猫』のことねがさきらに追従する。
(もう少し)
その間も『鈴彦姫』の鈴姫と『琵琶牧々』の日和による舞と演奏は続いていた。
「ちっ、邪魔が入ったか。まあいい。ちいとばかり騒がしくなってきやがった。少し本気になるか」
ガズルは舌打ちを一つすると『獄壊の魔戦斧』を頭上で回転させ始めた。
そして、『川天狗』の天音を見下げて言う。
「新しい女たちが自らやってきたんでな。俺様に靡かなかったおめえにかまってやる暇がなくなった。そろそろ終わりにするぞ」
なんとも身勝手な理由を口にしつつ、その頭上で振るわれる大斧の回転速度を上げていく。
ただ、この男が他の野盗連中とは違い、単純に女を欲しているわけではなく、強そうな者を屠れるという殺戮に酔っていることは誰の目にも明らかだった。
それがたまたま美しい女たちだったというくらいの違いでしかないだろう。
風切り音が周囲を威圧する。
先ほどまでは如何に力を抜いて戦っていたのかが否が応でも伝わってきた。
これからの攻撃は明らかに先ほどまでの攻撃とは桁が違ってくることになるはずだ。
(……頃合い、ですね)
それにもかかわらず、天音は落ち着いた様子で一言呟いた。
同様の様子はない。
それどころか、距離を開けていた天音も、静かに刀を構えなおす。
やけに天音の周囲の空気が凪いでいるように感じられた。
「じゃあな、おめえは殺すにはもったいないと思えるほどには良い女だったぜ」
そういうとガズルは今までとは比較にならないほどの威力を込めて大地をくじった。
一際大きな轟音と共に今までとは比べ物にならないほどの衝撃波と土石が天音に向かって押し寄せていく。
その光景を前にしても動じた様子はなく、天音は深く息を吐いた。
「天音お姉さま!」
『センポクカンポク』の餞保に支えられて体を起こすのがやっとの『木の葉天狗』の木埜葉の声が一際響く中、同時に天音が土煙に飲み込まれていく。
それから後方の建物を破壊する音が聞こえた。
「そんな」
木埜葉の唇が震える。
終わったとばかりにガズルが『獄壊の魔戦斧』を肩に担ぎなおした。
「さて、次はどいつだ? まとめて相手してやってもいいんだぞ。それとも朝まで持たせるなら一人ずつの方がいいか?」
その如何にもな口調で、少し離れた所から見守っている女たちを悠然と見回すガズル。
「やれやれ、せっかちな奴だのう。早合点するでないわ」
その中で少女の見た目には不釣り合いな時代掛った口調で瑠宇魔がガズルを嘲た。
「ああん?」
そのものの言いようにあからさまに不快感を表すガズル。
だが、煙の向こうを眺めていたガズルの顔に訝しむ色が浮かんだ。
突如、上空に向かって土煙の柱が昇っていく。
それにより徐々にではあるが、煙が晴れていった。
そこに。
一人の人影が見える。
美しい漆黒の翼をもつ、黒髪の女。
土煙の中に天音が静かに佇んでいた。
「天音お姉さま!」
木埜葉の安堵と歓喜の声が響く。
天音の身体に怪我を負った様子はない。
それどころか、見ればその身体にはうっすらと赤く揺ぎ立ち上る気を全身に纏っている。
掲げられた右手には刀ではなく、再び天狗の羽団扇が握られていた。
いや、よく見れば、先ほどまでの羽団扇の八つ手の形状とは異なっている。
その羽団扇の中央には鼻と耳が長く口元から牙を覗かせた人の顔が付いており、羽はその顔を飾るように広がっていた。
天音の周囲に纏わりついている赤い気は天音の静かな様子に反して、荒々しいまでの怒気を孕んでいるように見える。
その表情は静かな怒りに満ちていて、とても普段の穏やかで優し気な微笑を湛えている天音と同一人物とはとても思えないような雰囲気を放っていた。
「あの荒々しい気は……あれは、もしかして『猛気』では?」
「天音さんのあの気配に、鈴璃さんは心当たりがあるんですか?」
各配置の様子を見て回っていた『硯の精』の鈴璃の呟きに、一緒に見て回っていた『薬缶吊る』の冶架が問いかける。
「ええ、見るのは初めてで、昔に書物で読んだだけですけれど。確か、『先代旧事本紀大成経』だったでしょうか。この書物自体の真偽のほどは定かではありませんが、須佐之男命が身体に溜まった荒ぶる猛気を吐き出し、そこから女天狗の祖とされる天逆毎姫が生まれたとされています。恐らくはその天逆毎姫が纏っていたという猛気を一時的に纏っているのではないかと」
その問いかけに、鈴璃が思い当たることを口にする。
「そんな事、妖力の充分でないこの世界のわたしたちの今の状況でできるんですか?」
冶架が心配そうにさらに尋ねる。
「……いいえ、『猛気』は伝承の通りなら神の息です。とてもではありませんが元の日本でも難しいかと。幾ら天音さんが天逆毎姫の系譜に連なる純粋な女天狗であって、長い年月修行を積んできたとしても、今のこの状況では身体に相当の負担が掛かるかと思います」
「じゃあ、どうしてそんな無茶を。皆で戦えば良いじゃないですか」
鈴璃の否定の答えに泣きそうな顔で冶架が更に問うのに対し、鈴璃は天音を見やり、それから木埜葉たちを見てから少し思考し、口を開いた。
「強いて筆舌ををつくすとしたら、天狗の誇りでしょうか」




