第陸拾陸巻 頭領戦 天音 vs 頭領 気骨稜々 (きこつりょうりょう)
第陸拾陸巻 頭領戦 天音 vs 頭領 気骨稜々 (きこつりょうりょう)
『天狗の羽団扇』は八つ手の葉の形状をしているが、実際には所有者の天狗自らの羽根で作られている。
ゆえに自分の身体の一部といっても過言ではない。
即ち、自らの妖力との相性が最も良い媒体である。
なので羽団扇から刀に変化させるのも『川天狗』である天音にとってみれば容易なことであった。
「そいつも魔道具か」
今までガズルは羽団扇を魔法使いの魔法の単なる発動媒体の杖の一種だと思っていた。
だが、それだけではないようだ。
「魔道具? まあ、似たようなものでしょうか」
天音は素っ気なく言いながら構えを取る。
その構えを見てガズルには目の前の女が魔法だけではなく、剣術もかなりの腕であることが見て取れた。
「こいつはいい! 良い女な上になかなかの強さだ」
自分はそういったものを学んでは来なかったが、何より実戦で得てきた感覚で肌で分かるようになっていた。
「さっきの犬っころの小娘にもいったが。一度しか言わねえ、よく聞いて考えな。おめえ、俺の配下になる気はあるか? 優遇してやるぞ。ついでに俺の女になるというなら、さっきの小娘も配下にしてやる」
「お断りいたします」
間髪を容れず答える天音。
奇しくも姉妹師弟揃って一字一句同じ返答を即答で返していた。
そして、いうが早いか天音はガズルに向かって走り出す。
「一度は言ったぞ」
それを予想していたのだろう。
ガズルも『獄壊の魔戦斧』を振りぬいていた。
衝撃波が飛ぶ。
今回のは大地をくじるものではなく、空へ飛ぶのを警戒してのことか、天音の頭を狙っている。
攻撃の手段があるとはいえ、空中に逃げられては多少は厄介だ。
そう考え、飛び上がらないようにさせる。
当然、くじるタイプの技より速い。
それを天音は逆に態勢を低くしてかいくぐり、ガズルの懐へと潜り込む。
天音は刀を両手で一閃。
ガズルも無造作に片手で『獄壊の魔戦斧』を振るう。
互いの刃が交差し、キンという高い音が響く。
自分の身体の一部を媒体にしている以上、そこから妖気を通して具現化されたものは通常の何もないところから具現化されたものよりも、より強力になる。
「ほう、いい剣じゃねえか。さっきの犬っころの小娘の剣も上等だったが、そいつは更に上物だな。しかも華奢な見た目の割に大した力だ」
そこからは刀と斧の数合の打ち合いが始まった。
(もう少し)
袈裟斬りから切り返しての逆袈裟。
横一文字から一度後ろに飛んでから踏み込んでの左袈裟斬り。
……。
「訂正していただけますか」
突如、天音が刀を振るいながら言い放つ。
「はあん?」
当然、なんのことだかわからないガズルは訝しむ。
「木埜葉を犬っころの小娘呼ばわりしたことを」
「あぁ? ああ、そのことか」
「あの子は狼であることを誇りに思っています」
相当腹に据えかねていたのか、天音の語気が鋭い。
「下らねえ見栄だ」
だが、そんなことを意に介すはずもないガズルはそう言い捨てると、大斧にもかかわらず素早い動作で横薙ぎに振り払った。
それに反応して天音も大きく後ろに跳ぶ。
「ほう、やはり睨んだ通り、剣さばきもなかなかだな」
天音と違い正式な武術を学んだようには見えないこの男。
にもかかわらず、天音の剣戟を、全部捌いてみせている。
全ては身体能力のなせる業だろう。
(やや、私の方が不利でしょうか)
この男が正式に武術を学んでいたら、一体いかほどになっていただろうかと天音は妙に冷静な部分で思考していた。
ふと、そこに遠くでこの場には不釣り合いな音楽が聞こえてきた。
ガズルが音のしている方をチラリとみれば、一人のオレンジ色っぽい異国の衣装を着た少女が地べたに座り弦楽器を抱えて奏でていた。
その音は低く重たく、そして力強い。
その横では普段アジトで男達の前で躍らせているような女たちと同じようなあられもない格好の女が変わった扇を両手に舞っている。
その舞は艶めかしく官能的で、そして優雅だ。
鬼達を魅了するといわれる音楽と神々を魅了すると伝えられた舞。
どちらも聞く者見る者を引き付けて魅了する一流のものに違いない。
その奏者と舞手は『琵琶牧々』の日和と『鈴彦姫』の鈴姫であった。
(天音さん、勝ってください)
(ここは私たちの場所ですの。負けてはなりませんの)
二人の能力。
味方の士気を高揚させる力が天音に流れ込む。
(日和さん……それに、鈴姫さんも)
天音は唇の端をわずかに上げ、それから引き結んだ。
「はっ!」
再びガズルの懐へと跳びこむ。
先ほどよりも速度も威力も上がった連撃。
(動きが変わった? あの二人か。恐らく、支援系の魔法かスキルか)
ガズルも斧で防戦するが、今度は少々てこずることになる。
とはいえ、まだようやくいい勝負になり始めた所だ。
「ちいと厄介だな」
ガズルは一度天音の眼前で斧を横に大振りすると、天音が間合いを取ったことを見て、日和たちの方向に向かって『獄壊の魔戦斧』を大地にたたきつける。
土石を孕みながら衝撃波がそこにいた日和と鈴姫へと襲い掛かっていく。
にもかかわらず、気づいていないのか二人はよける様子はおろか、慌てる様子もない。
一心不乱に己の演奏と舞に没頭していた。
「しまっ!」
助けに行こうとする天音をガズルが牽制する。
「あきらめな」
「くっ」
実際の所自分が動いても間に合わない。
他の出てきていた仲間も二人の近くにはいなかった。
衝撃波が二人に迫る。
いい加減気づいているはずだが、二人が演奏と舞を止める気配はない。
衝撃波が二人に到達するまで5メートル。
と、そこに。
届く直前。
頭上から小型の竜巻が現れ衝撃波に激突する。
上空を見れば『馬魔』の瑠宇魔が玉虫色の馬に跨り矛を頭上で回転させていた。
だが。
それでも衝撃の余波は残っている。
そこに二つの影が立ちはだかった。
『方相氏』の練と『衣蛸』のこころが日和と鈴姫の前に立ち盾と防御幕を張って二人を守っていた。
「お二人は私共がお守りいたします。どうかご存分に」
「技名を叫ぶ暇がなかったのお」
そこにゆっくりと瑠宇魔が空から練とこころの前に降りてくる。
玉虫色の馬に跨ったまま、瑠宇魔が天音をジッと見据えて口を開く。
「加勢はいらぬのだな」
瑠宇魔の問いに天音は静かに頷いた。




