第陸拾伍巻 頭領戦 天音 vs 頭領 乱気流
第陸拾伍巻 頭領戦 天音 vs 頭領 乱気流
月明かりに照らし出されている川天狗』の天音のその美しい姿にさすがのガズルも一瞬目が奪われた。
「こりゃあ、珍しい有翼人族とは、しかも黒か」
ガズルは思わず小さく呟いていた。
今までこの大規模な野盗の頭として襲った獲物の中から幾人もの女を自分のものにしている。
見目の良い村の娘、勝ち気で美しい商隊の女、果ては蝶よ花よと育てられた深窓の貴族の令嬢。
人族の女は言うに及ばず、獣人族の女から魔人族の女まで。
だが、目の前に立つ女は別格の凛とした美しさがあった。
年のころは17・8といったところだろうか。
その黒髪は2つの月明かりがあるにしても暗い夜の闇に合って尚も艶を湛えており、その服装はこの地方では見たこともない衣装ではあったが、この女にはそれが良く似合っていた。
しかもさらに珍しい有翼人族で、尚且つ、漆黒の翼である。
「ようやくのお山の大将のご登場というところですか?」
その女からは緊張も怯えもない落ち着いた声が発せられる。
「ほう、言うじゃねえか女。……有翼人か、珍しいな。しかもいい女ときてる。気に入ったぜ。俺の女になりな。他の女達より良い生活が出来るぜ。この砦は今日から俺様達『明烏』の根城になるんだからよ」
ガズルにしては珍しく「俺の女になれ」と言った。
何故珍しいかと言えば、いつもであればそんな言葉を掛けることもなく力悉くでモノにしてきていたからである。
だが、この言葉は天音にはまるで意味が無い。
もともと山伏の流れを引く天狗にとって清貧を旨とするのが常である。
故に天音には何も響きはしなかった。
「『明烏』ですか……『亀』ではなく『烏』でしたか。天狗族としては誠に不本意ではありますが、お山の大将には御誂え向きの名前ですね」
「あ~ん?」
「いえ、こちらの話です」
正直に言って、砦の者たちは誰もこの野盗達の名前を気にしてはいなかった。
その為、典人にだけ知られないようにと、自分たちにはなじみのある覗き魔の意味の『出歯亀』から『亀』と呼称していたのである。
「それともう一つ。紫雲さんがこの場にいたら「大門で袋叩きにあいますよ」とでも言ったでしょうか」
天音はクスリと唇をほころばせた。
「なにを訳の分からない事をゴチャゴチャと」
「これは失礼。本当に日本の話なので、お気になさらず」
「ふん、まあいい。来な。遊んでやるぜ」
距離があるにもかかわらずガズルが構えるのに軽く振るった巨大な斧の風圧に、天音の黒髪が一房揺れた。
「さて、木埜葉の借りは姉分として返させていただきます」
穏やかな笑みの天音の表情が再び色を失くす。
◇
最初にガズルと戦い深手を負うこととなった『木の葉天狗』の木埜葉は少し離れた草むらの上に一旦体を横たえられて、『センポクカンポク』の餞保に応急処置の手当をされていた。
餞保は少し木埜葉の着物を開けさせ、傷口部を確かめそこに薬壺から薬を手に掬い木埜葉の傷口に刷り込んでいく。
だが、肋骨が何本か折れているようで、振れるたびにわずかに木埜葉の身体がピクリと反応する。
「さあ、木埜葉ちゃん、建物の中に行きましょうか」
幸い肺には刺さってはいないようではあるが、あまりこの場でこのままにしておくわけにはいかない。
早く安静にできる場所に戻り、服を脱がせて包帯で固定しておく方が良いだろう。
他の見えない所にも深手を負っているかもしれない。
「餞保……さん……ここに……いさせて……ください」
抱き起こそうとする餞保に木埜葉が願う。
「駄目ですよ木埜葉ちゃん。早くちゃんとした所で安静にしないと」
医療に携わる者としては至極真っ当な言葉である。
「お願い……くっ……します」
縋るような目で餞保を見つめ、力の入っていない手で餞保の手を掴んでくる木埜葉。
こんな戦闘中の場所で、今も傷口に響くのか、大地をくじる振動や斧を振るう衝撃波の余波で時折木埜葉が握る手からピクリピクリと餞保の手に痛みを堪えている感覚が伝わってくる。
それでもこの場にいたいと目で訴えかけてきた。
「……分かりました。ここで治療を致します」
木埜葉の、ここで天音の戦いを見届けたいという思いが伝わったようで、餞保は何かを言いたいのを飲み込み、代わりに大きく息を吐くと表情を引き締め覚悟を決める。
それから、そこよりも柔らかそうな草の上を捜し、木埜葉の傷口が痛まないようにそっと地面に寝かせるのであった。
◇
ガゼルが無造作に『獄壊の魔戦斧』を大地に数度たたきつける。
そのたびに大地をくじり、その土石を孕んだ衝撃波が天音に容赦なく襲い掛かっていった。
しかし、天音は研ぎ澄まされた動きで左右にそれを難無く躱しす。
「妖術『天狗の礫』!」
それどころか無数の石を散弾のように飛ばして応戦してみせた。
ガズルも何てことない様子で斧(斧)を立てそれを躱して見せる。
「ほう、さっきのはまぐれじゃなかったか。似たような技を使うとはな。面白い。 少し力を入れるぞ」
明らかに自分の方が威力が上だと言わんばかりの嘲笑を浮かべてそういうと、ガズルはまた『獄壊の魔戦斧』を大地へと振るう。
「!」
そして、その言いようが正しいことを証明するかのように、その威力と速度は先ほどまでのものより一段上がっていた。
何とかそれを躱す。
背後に衝撃波が壁に衝突する轟音が響いた。
◇
「凄い音がしましたけど」
「さっきからしているのは何の音ですの? 空さんの太鼓の音じゃありませんし」
『琵琶牧々』の日和が『鈴彦姫』の鈴姫と一緒に様子を見に出てきた。
「ああ! 門が壊れてる!」
「木埜葉ちゃん!」
「大丈夫ですか?」
「今、水を持っていきます」
そのあとからも別の場所から『赤殿中』の灯狸や『洗濯狐』の月世、他にも『油徳利』の由利、『瓶長』の芽梨茶など そこに次々と現れてくる女たち。
どの女もうら若く、そして早々お目にかかる事の出来ない整った顔立ちをしていた。
「ほほう、本当に女だらけだな。しかも報告の通り人間だけじゃなく狐人族に、そっちは何だ? よく分かんねえな。まあ、いいか。おいおい、下っ端の話通り選り取り見取りの上玉揃いじゃねえか」
女たちは少し距離を置いて立ち止まる。
それもそのはず、集まってきた子たちはどれも基本的に非戦闘系の子たちばかりであった。
一介の野盗風情であればともかく目の前にいる男は明らかに格が違う。
下手に加われば足手まといにしかならない。
そのことを直感で理解しているからこそ手が出せずにいる。
「面倒臭せえから、全員で一斉に掛かってきても良いんだぜ。そうだな、夜明けまで俺様を楽しませろ。それで生き残れたら、俺様の手元に配下として置いてやる」
その言葉に皆が一斉に動き出そうとする。
「それには及びません。私が一人でお相手致します」
静かだが、有無も言わせぬような空気を感じさせる言葉に、皆がその場で立ち止まった。
あくまで天音だけで相手するようである。
「ほう、いいのか? 折角生き残れるかもしれねえチャンスを棒に振ることになるんだぞ」
「それはどうでしょうか」
(このままでは他の子たちや砦に被害が出てしまいますね)
天音は考えをめぐらす。
その間にも天音の思考を邪魔するかのように『獄壊の魔戦斧』が大地に振り下ろされ土石を巻き込んだ衝撃波が天音に迫っていった。
それを翼を広げ、空に飛んで回避する。
術式の印を組んででないと翼を具現化することのできない修行により天狗となった『木の葉天狗』の木埜葉と違い、天音は純粋な天狗族であるため翼は体の一部である。
故に自由自在に扱うことができた。
そしてそのまま空からの攻撃に切り替えることにする。
天音はいったん距離を取るため大きく旋回した。
「まさかこの『獄壊の魔戦斧』が地面をえぐって、その衝撃波で攻撃ができるだけのデカい斧だと思ってないだろうな?」
そう言ってガズルが『獄壊の魔戦斧』を中空で一閃すると、突風の塊が上空の天音目掛けて飛んで行った。
「!」
驚きはしたものの、飛んできた空気の刃を天音は難なく身を捩って躱す。
その後も2度・3度と風の刃が飛んでくる。
それも躱してみせた。
「こりゃあいい! コイツで鳥を狙うのはやったことなかったがよ。楽しいじゃねえか」
ガズルはさらに数度、風の刃を乱れ撃つ。
しかし、天音も縦横無尽に動き風の刃を避けていく。
(あの風の刃、思ったより威力がありますね。ギリギリで避けようとすると気流の乱れで態勢が崩される)
「まだまだ行くぞ!」
さらに飛んでくる速度が上がる。
それでも翼を翻し鮮やかに避けていった。
「『妖術『天狗の旋風』!」
それどころか今度は逆にそれを避けつつ、天音も応戦してみせる。
「ふん!」
しかし、ガズルは『獄壊の魔戦斧』を一閃して、あっさりと天音の『天狗の旋風』をかき消してしまった。
数発の撃ち合い。
だが、このままでは拉致が明かないだろう。
何れにしても遠距離での攻撃だけではこの男を倒すことはできないことは天音も充分理解していた。
(もう少し)
「これはどうかな?」
「!」
また、風の刃が飛んでくる。
「しまっ!」
同じようにかわそうとした天音は躱そうとした先の気流が乱れ風の刃が飛んできたことに動きを止める。
同じと思っていた風の刃は少し遅く、後から放たれた風の刃が今までより速いことで追い抜きざまに気流を乱れさせ、結果逃げ道を塞ぐ効果を齎していた。
二つの風の刃により起こされた気流の乱れのせいで、少し態勢が崩される。
その間にも先に放たれた遅めの風の刃が天音に迫っていた。
気付いたが、反応が間に合わない。
「『妖術『天狗の旋風』!」
咄嗟に直撃の威力を『天狗の旋風』を当てることにより多少は弱めたものの、やはり直撃は免れずわずかに肩や足の着物が裂けていた。
「天音お姉さま!」
木埜葉だけでなく、その場に集まっていた女の子たちが一斉に息を飲む。
「ほう、軽かったとはいえ、さっきの俺を強襲してきた時の技で直撃を避けるため、咄嗟に相殺したか」
そう。
凌ぎはしたが 多少のダメージを負うこととなった。
漆黒の羽根が数枚、夜空に舞い散る。
天音はゆっくりと大地に降り立った。
(あの技で衝撃波を飛ばせるであろうことは予想が付いていましたが、大地をくじりながらより、思ったよりも速い。翔ぶのは格好の的ですか)
今ので、少なからず翼を傷めてしまった。
飛べないわけではないが、まだまだ速さを増すことが予想できる風の刃を避け続けて翔ぶには無理がある。
「ならば」
そういうと天音は天狗の羽団扇を刀へと変化させた。




