90話
音楽が終わり、そっと身体を離す。
アディエルの顔を見上げると、柔らかな微笑みがそこにあった。
先程までのぎこちなさが和らいでいる気がして、胸が弾む。
手を取れば、自然と絡み合う指先。
喜びに震えるその指に、そっと力を込めた。
——今日だけ、今だけ。
そう、自分に言い聞かせながら。
「フィオナ様?」
声を掛けられて振り向くと、そこにはローズマリー様の姿があった。
「ローズマリー様!」
思わぬ再会に、思わず笑みがこぼれる。
ローズマリー様も、穏やかに微笑み返してくれた。
「ランフォード小公爵様、お会いできて光栄です」
「モンテーヌ伯爵令嬢、こちらこそ。……今後も、フィオナの良き友でいてください」
ローズマリー様がドレスの裾を摘み、礼儀正しく一礼する。
それに応えるアディエルの微笑みは、どこか端正で、距離のあるものだった。
これは“余所行き”の笑顔。
そう気付ける程、色んなアディエルを知っていることが嬉しい。
「フィオナ、モンテーヌ伯爵令嬢と話してくるといい」
視線を向けられ、思わず表情が綻ぶ。
けれど同時に、アディエルを一人にしてしまっていいのだろうか、と不安もよぎった。
そんな私の気持ちを察したのか、アディエルはちらりと背後へ視線を向ける。
そこには、話しかける機会を待っている人々の姿があった。
「……まだ、相手をしなきゃいけない人がいるみたい」
肩を竦めてそう言われ、私はその言葉に甘えるように、小さく頷いた。
「楽しんでおいで」
そう言って微笑み、アディエルはそっと私の髪を撫でると、そのまま人々のもとへと歩いていった。
思わず、その背中を目で追っていると——
「ふふ」
隣から、ローズマリー様の小さな笑い声が聞こえ、はっと我に返る。
「フィオナ様と小公爵様は、とても想い合っているのね」
楽しげにそう言うローズマリー様の表情に、胸の奥が、きゅっと小さく鳴った。
——想い“合って”いる。
その言葉が、ふわふわと心に落ちてくる。
ローズマリー様の言う通り、もし本当に想い合っているのだとしたら。
それは、どれほど幸せなことだろう。
この綺羅びやかに輝く空間に酔っているのかもしれない。
けれど、その言葉を聞いた途端、胸の奥で小さな希望が灯るのを止められなかった。
もし、アディエルと気持ちが通じ合っているのなら。
もし、私と同じ想いを、彼も抱いてくれているのなら。
そう考えただけで、胸の奥が熱を帯びる。
溢れ出しそうな気持ちは、緩んでしまった口元とともに、もう抑えきれなかった。




