87話
「レイラ、変なところはない?」
「とてもお綺麗ですよ、フィオナ様」
そう言われて、鏡を覗き込む。
けれど、胸の奥の不安は消えてくれなかった。
アディエルの瞳の色を思わせる、翡翠色のドレス。
見るたびに、どこか――あからさまな気がしてしまう。
ハーフアップにまとめられた髪も、まだ短いままだ。
本当は、もっと長い方がアディエルの好みなのではないか。
そんな考えが、どうしても頭をよぎる。
「フィオナ様、お時間ですよ」
鏡の前で唸っていると、レイラがそっと声を掛けてくれた。
その一言で、胸の奥に張りつめていた緊張が、一気に込み上げる。
ここ数日、私はアディエルとまともに顔を合わせられず逃げ回っていた。
けれど、王宮で開かれるパーティーの招待状が届き、逃げ続けることは許されなくなってしまったのだ。
アディエルの顔を見れば、きっと口元が緩んでしまう。
触れられれば――きっと、離れられなくなってしまう。
自分にすら隠しきれなかったこの気持ちを、アディエルに気付かれたくはなかった。
多くを望んではいけない。
彼の側に、婚約者としていられるだけで、十分すぎるほど十分だ。
それに、アディエルは私をとても大切にしてくれる。
それ以上を望むなんて、きっと、身の程知らずなのだから。
ひとつ、ゆっくりと息を吐く。
鏡の中の自分と目を合わせ、久しぶりにアディエルと向き合う事に高鳴る胸を、どうにか落ち着かせようとする。
震える指先。
それが緊張のせいなのか、喜びのせいなのか。
震える指先をぎゅっと握り込み、私は部屋を後にした。
階段を降りた先、エントランスホールに見えたアディエルの後ろ姿。
それだけで、胸がときめく。
このまま、ずっと見つめていたくて。
どうか、こちらを振り向かないで――そんな願いさえ浮かんでしまう。
ゆっくりと階段を降りると、足音に気付いたアディエルが振り返った。
そして、ふわりと柔らかく微笑む。
その笑顔に、甘く広がる胸の温もり。
……やっぱり、振り向いてほしかった。
胸の奥で小さく苦笑しながら、私はその想いをそっと抱きしめたのだった。




