8話
帰路についたのは、すっかり夜になってからだった。
馬車の中で、膝に乗せたクマのぬいぐるみを見つめながら、楽しかった時間の余韻に浸る。
「アディエル、今日はありがとう」
そう告げると、彼はいつものように柔らかく微笑んだ。
「僕からも、ありがとう。久々に、思いきり遊んだ気がするよ」
顔を見合わせ、自然と笑い合う。
そのまま揺れる馬車に身を任せていると、ほどなくしてソラリス伯爵家に到着した知らせが届いた。
――その時。
ふと窓の外に目を向けると、屋敷の前にはブレイシア侯爵家の馬車が停まっていた。
(……セレーナと、レオリオも……帰ってきたんだ)
先ほどまで胸を満たしていた温もりが、急速に冷えていくのを感じる。
こんなにも簡単に気持ちが沈んでしまう自分が、情けなかった。
励まそうと、連れ出してくれたアディエルに申し訳ない気持ちが込み上げ、視線を落とす。
すると、アディエルは何も言わず、そっと私の頭に手を置いた。
「フィオナ」
名前を呼ばれて顔を上げると、彼は変わらず穏やかな笑顔を向けている。
「ありのままの君を、否定しなくていいんだよ」
その言葉に、鼻の奥がつんと痛み、視界が滲んだ。
いつもセレーナを妬んでしまう自分が嫌だった。
振り向いてくれないレオリオを憎んでしまう自分が嫌だった。
二人を見るたびに胸が痛む自分が嫌だった。
――それでも、離れられない自分が、一番嫌だった。
「……私、すごく嫌な奴」
そう呟くと、アディエルは小さく笑った。
「なら、僕も嫌な奴だよ」
「……嘘つき」
だって、アディエルはいつも優しい。
今だって、こうして慰めてくれている。
そんな思いを込めて見つめると、アディエルは困ったように笑い、そっと私の手からクマのぬいぐるみを取り上げた。
何をするのかとぼんやり見ていると、彼はクマを目の前に差し出し、声色を変える。
「ボクハ、フィオナノ、イイトコロ、シッテルヨ」
あまりに突然で、今にも溢れそうだった涙は引っ込み、思わず目を丸くしてしまう。
「……せめて、笑ってくれないかな」
そう言ってクマを下ろしたアディエルは、顔を真っ赤にして照れていた。
その姿に、思わず吹き出す。
笑っているうちに、冷え切っていた胸が、少しずつ温度を取り戻していくのがわかった。
アディエルはひとつ咳払いをして、姿勢を正す。
「僕にも嫌なところはあるし、きっと皆そうだと思うんだ」
「だから、フィオナも、嫌なところがあっていいんだよ」
「……ありがとう」
すぐに、そんなふうに思えるわけじゃない。
それでも。
――『僕は、フィオナのいいところ、知ってるよ』
返してもらったクマのぬいぐるみをそっと握りしめ、私は小さく息をついた。
いつか、嫌いな自分も含めて受け入れられる日が来たらいい。
そんな願いを、そっと胸の奥にしまいながら。




