9話
部屋まで送るというアディエルの申し出を断り、私はひとりで玄関前に立っていた。
クマのぬいぐるみを強く握りしめ、大きく息を吐く。
馬車を降りてから振り返ると、アディエルは心配そうにこちらを見つめていた。
本当は、そばに居てくれた方が心強かったが、なんとなくレオリオのことで一喜一憂する自分を、彼に見られたくなかった。
(……大丈夫)
そう自分に言い聞かせながら、セレーナとレオリオの姿を思い浮かべ、覚悟を決めて扉を開く。
――だが、そこにいたのは、レオリオひとりだった。
「フィオナ! 遅かったな!」
私の姿を認めるなり、レオリオは駆け寄ってくる。
反射的に周囲を見回し、セレーナの姿を探した。
「セレーナは?」
「あー……部屋にいるんじゃないか?」
歯切れの悪い返事に、思わず首を傾げる。
「実はさ、フィオナだけに話したいことがあって、待ってたんだ」
――フィオナだけ。
たったそれだけの言葉で、胸が簡単に跳ねた。
「……なに?」
期待を悟られまいとして、思った以上に冷たい声が出る。
けれど、目の前のレオリオは気づいた様子もない。
「あのさ、週末、一緒に出かけないか?」
「え……?」
思わず声が漏れた。
聞き間違いではないだろうか。
レオリオが、私を誘うなんて――今まで一度もなかった。
鼓動が早まる。
期待してはいけないと分かっているのに、言うことを聞かない。
「……セレーナと、アディエルも誘うの?」
震える声で尋ねる。
答えを聞きたくないのに、早く聞きたくて仕方がない。
「いや、フィオナと二人がいいんだ」
その瞬間、顔に熱が集まるのをはっきりと感じた。
私と、レオリオが――二人で。
「あ、予定あったか?」
「ない! 全然ない!」
勢いよく答えてしまい、あとから恥ずかしさが追いかけてくる。
きっと、セレーナなら、こんな返事はしない。
「良かった! じゃあ、昼ごろ迎えに来るな!」
そう言って笑い、レオリオは帰っていった。
その背中を、私は信じられない気持ちで見送る。
扉が閉まった瞬間、別れの挨拶を忘れていたことにも気づかず、自室へと駆け込んだ。
部屋に飛び込むなり、その場に座り込み、両手で顔を覆う。
「……レオリオと、二人……」
緩んでいく口元を、どうしても抑えられなかった。
この二年間、レオリオと二人きりで過ごしたことは、一度もない。
心臓が早鐘を打ち、ひっくり返ってしまいそうだ。
期待してはいけない。
そう何度も言い聞かせる。
――それでも。
どんな理由であれ、レオリオは私を選んでくれた。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
溢れ出す喜びを、私は止めることができなかった。




