↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばれなかった、私たち  作者: おはよう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/137

81話


雨の中、どれほどの時間が経ったのだろう。


このまま帰ることも、だからといってアディエルを追いかけることもできず、私はただ、その場に立ち尽くしていた。


「あの……」


遠慮がちに掛けられた声に振り向くと、御者が困ったような表情でこちらを伺っていた。


彼もまた雨に打たれ、全身が濡れている。

これ以上ここに居続ければ、迷惑をかけてしまう。


「ごめんなさい……」


そう呟き、馬車へ乗り込む。


慌てて御者が手を差し出してくれたが、私は小さく首を振って断った。


いつも、アディエルが支えてくれていた。

冷え切った自分の手に、胸が詰まる。


一人きりの馬車の中。


アディエルのジャケットを抱きしめるが、そこに彼の温もりは、もう残っていなかった。



どうして、こんなことになってしまったのだろう。


二人で舞踏会を楽しみ、一緒に公爵家へ帰るはずだったのに。

今夜も、きっと素敵な夜になると疑いもしなかったのに。


「……エル」


そっと名前を呼んでみても、返事はない。


『フィー』


耳の奥に残る、あの優しい声が胸を締め付けた。


目を開け、窓の外を見る。

烟る雨の向こうで、王宮の灯りが少しずつ遠ざかっていく。


――どうして、追いかけなかったんだろう。


目を閉じると、怒りに燃えるアディエルの瞳が蘇る。

あれほど感情を露わにした彼を、私は今まで見たことがなかった。


それでも。

こんなふうに一人で苦しくなるくらいなら、勇気を出して追えばよかった。


胸に広がる後悔を振り払うように、私は手にしたアディエルのジャケットへ顔を埋めた。





やがて馬車は、静かに動きを止めた。


降りてはみたものの、なかなか足が前へ進まない。

きっと、今夜の私の醜態は、すでに公爵家にも届いているだろう。

合わせる顔がなかった。


一人、立ち尽くしていると、馬車の音に気付いたのか、レイラとマーシャ、そして夫人が心配そうな表情で姿を現した。


ずぶ濡れの私を見るなり、夫人は手にしていたタオルを広げ、そっと包み込んでくれる。


「まあまあ……こんなに冷えちゃって」


その優しい声と温もりに、堪えていた涙が溢れ出した。

声を殺して泣く私の背を、夫人は慰めるように撫でてくれる。


「まったく……大切な婚約者を一人で帰すなんて。あの子ったら、何をしているのかしらねぇ」


――まだ、私を婚約者として迎えてくれるのか。


「さあ、お風呂の準備ができていますよ」


マーシャの声に顔を上げると、彼女は優しく微笑んでいた。

その隣でレイラも、心配そうにしながら微笑んでいる。


小さく頷き、二人に手を引かれて、私はゆっくりと公爵家の中へ足を踏み入れた。





風呂を終え、部屋へ戻ると、私はベッドに蹲った。


枕元に置かれたクマのエルを引き寄せ、強く抱きしめると、また涙が溢れてくる。



アディエルは、今どうしているのだろう。


格下とはいえ、侯爵家の人間に手を上げたのだ。

きっと後処理や説明に追われているに違いない。


彼が帰ってきたら、会いに行こう。


迷惑をかけてしまったことを、ちゃんと謝りたい。


何より――アディエルの顔が見たかった。



けれど、その夜。

アディエルが屋敷へ戻ることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。