74話
どれくらい抱き合っていたのだろう。
次第に顔の熱を隠せなくなった頃、部屋の扉が控えめに叩かれた。
「もう、そんな時間か」
そう呟いたアディエルは、名残惜しそうに抱きしめる腕に力を込めてから、そっと私を離した。
扉を開けると、数人の使用人が大きな箱を運び込む。
突然の訪問者に目を瞬かせていると、アディエルが一つの箱を開き、中身を見せてくれた。
そこに収められていたのは、美しい絹で仕立てられた異国風のドレス。
思わずアディエルを見上げると、彼は穏やかに微笑む。
「今日の舞踏会は、サハル王国の文化を取り入れた会なんだ」
「サハル王国の……?」
「うん。フィオナが一緒なら参加しようと思って、用意した」
そう言われ、促されるままドレスを手に取る。
深い青色の生地は上品な光沢を放ち、胸元には緻密な刺繍が施されていた。
「皆、サハル王国の装いをするの?」
「そうだよ。食事や装飾も、向こうの文化に倣ったものらしい」
異国の文化を肌で感じられると想像しただけで、胸が弾む。
そんな私の様子を見て、アディエルは小さく苦笑した。
「そんなに喜んでもらえるなら、最初から予定に組み込んでおけばよかったね」
私は、本来なら初日と最終日の舞踏会にだけ参加する予定だった。
突如決まった今日の舞踏会。
もしかして、アディエルに無理をさせてしまったのではないか。
そう思うと、少し不安になる。
「……私が一緒に行っても、大丈夫なの?」
「もちろん。……本当は、ひとりで顔を出すつもりだったんだけど」
そう言って、アディエルは私の髪をそっと撫でた。
「フィオナが、三日間一緒にいてくれるからね」
“ひとり”
その言葉に、アディエルが別の女性をエスコートする予定がなかったのだと知り、思わず口元が緩んでしまった。
「えっと……また、アディエルが手伝ってくれるの?」
「え?」
ドレスに触れながら尋ねると、彼はきょとんとした表情を浮かべた。
初めて見るサハル王国のドレス。
ひとりで着られるとは思えなかった。
「その……着替えを、手伝ってくれるのかなって……」
口にするほど恥ずかしさが込み上げ、言葉が尻すぼみになる。
「い、いや……今日は人を呼んでるから」
「そ、そうなんだね。昨日、手伝ってくれたから……今日も、てっきり……」
焦って言葉を重ねてしまう。
ふと昨夜のアディエルの指先を思い出し、余計に顔が熱くなった。
「き、昨日は……その……勉強になった、けど……」
アディエルも頬を赤らめ、早口でそう答える。
何が“勉強になった”のかは分からないが、それを追及する余裕もなく、二人そろって俯いてしまった。
気まずい沈黙が流れかけた、そのとき。
再び扉が叩かれ、思わず二人でほっと息を吐いた。
アディエルが扉を開けると、そこに立っていたのは、荷物を抱えたレイラとマーシャだった。
「レイラにマーシャ!わざわざ来てくれたの?」
「はい。若旦那様に呼ばれました」
にこやかに微笑む二人の姿に、ほっと気持ちが和らぐ。
「急に呼び立ててしまって、ごめんね」
急に決まった舞踏会。
きっと彼女たちを急かしてしまった事だろう。
心配に思いそう声を掛けると、二人は揃って首を振った。
「昨夜、若旦那様がフィオナ様をお帰しにならなかったので、朝から準備しておりました」
そう言って、レイラとマーシャは少しだけ剣のある視線をアディエルへ向ける。
だがすぐに、何事もなかったように笑顔に戻った。
「……助かったよ」
アディエルは咳払いをし、視線を泳がせながら呟く。
そんな彼に、レイラとマーシャは呆れたような目を向けるのだった。




