73話
アディエルと手を繋ぎ、部屋へと戻ってきた。
一日も滞在していないはずなのに、扉を閉めた途端、胸の奥がふっと緩む。
それはきっと、部屋のあちこちにアディエルの痕跡が残っているからだろう。
昨日は気付かなかったが、こうして見回してみると、そこかしこに生活感が見て取れる。
ここは、アディエルが王宮に泊まる時、いつも使っている部屋なのだ。
ふと、あのひよこの行方が気になって、机へと視線を向ける。
籠の端がちらりと見えて、思わず口元が緩んだ。
「フィオナ、お茶会は楽しめた?」
振り向くと、アディエルは微笑みながらネクタイを緩めている。
「うん……ローズマリー様とマリアンヌ様が、気を遣ってくれて」
「……いい友達ができそうだね」
――友達。
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
今まで、私にはほとんど縁のなかった言葉だ。
王宮に来てから、アディエルがロベリア王子やラシード王子と、気さくに接する姿を見て、少し羨ましく思っていた。
自分には、そんな存在はいないのだと、どこかで決めつけていたから。
「……お友達に、なれるといいな」
口にすると、少し照れくさい。
けれど、胸の奥が弾むように高鳴った。
街で見かける令嬢たちが、笑い合いながら買い物をしたり、お茶をしたりする姿。
あんな時間に、密かな憧れを抱いていたのだ。
その時、アディエルが一歩近付き、ぎゅっと私を抱きしめた。
「アディエル?」
疲れてしまったのかと思い、背中をぽんぽんと叩くと、小さく笑う気配がする。
「……君の世界が広がっていくのが、嬉しいのに……少し、寂しい」
独り言のように呟きながら、抱きしめる腕に力がこもった。
思わず顔を上げると、そっと手で視界を覆われる。
「格好悪いから、見ちゃダメ」
格好悪いだなんて、一度も思ったことはないのに。
寂し気に呟くアディエルを慰めたくて、私は背中に回した手に、そっと力を込めたのだった。




