70話
互いに風呂を済ませた私たちは、ソファを挟んで向かい合って座っていた。
話題はもちろん――
「私がソファで寝る」
「僕が使うよ。……それだけは譲れない」
どちらがベッドを使うかの話し合いは、いまだ決着がつかないままだ。
このままでは夜が明けてしまう。
時計の針は、すでに日付が変わったことを告げていた。
「……頑固」
「フィオナこそ」
そう言って微笑むアディエルは、意見を曲げる気はないようだ。
埒が明かないと思った私は、そのままソファに寝転んだ。
「なら、私はこのままここで寝るから」
クッションを抱きしめ、顔を埋める。
このまま本当に寝てしまおうと目を閉じると、呆れたようでいて楽しげな笑い声が聞こえた。
「まったく……」
アディエルが立ち上がる気配がする。
やっとベッドを使う気になったのだろうかと、身体の力を抜いた、その時だった。
ふいに身体が宙に浮く。
「え――」
驚いて目を開けると、アディエルに抱き上げられていた。
反射的に首にしがみつく。
「アディエル、下ろして……!」
高鳴る胸を誤魔化すように睨んでも、彼は楽しそうに笑うだけだった。
その足取りは迷いなく寝室へ向かう。
「僕は慣れてるから。ベッドはフィオナが使って」
そう言って、そっとベッドへ下ろされる。
けれど、納得できなかった私は、彼の首に回した腕に力を込めた。
「うわ、ちょっと……フィオナ!」
バランスを崩したアディエルが、私の上へと倒れ込む。
衝撃に思わず目を閉じ、すぐに顔にかかる吐息に気づいて目を開いた。
間近にある、翡翠色の瞳。
少し湿った髪からは、私と同じ石鹸の匂いがした。
「あ……」
息が触れ合う距離で視線が絡む。
重なった胸から感じる鼓動の音は、私のものなのか、アディエルのものなのか。
耐えきれず視線を逸らすと、彼が小さく息を吐くのが分かった。
アディエルはそっと、私の額に自分の額を合わせる。
鼻先が掠め、思わず息を止めてしまう。
「フィオナ、手……離して?」
微笑んでいる気配。
アディエルの余裕が悔しい。
私はあえて力を込め、視線を合わせる。
戸惑うように揺れた彼の瞳を見て、胸の奥が秘かに満たされた。
「一緒に寝よう」
口にしてみると、それが一番良い解決策のように思えた。
少し窮屈かもしれないけれど、ベッドは広い。
ソファで縮こまって眠るより、ずっといい。
「一緒にって……」
「ベッド広いし……私、寝相はいい方だし」
上機嫌な私とは反対に、アディエルは迷うように視線を外す。
しばらく逡巡した後、彼はそっと力を抜いた。
寄りかかる重みが、妙に心地いい。
「……分かったから、手、離して」
「本当?」
疑わしくてそう聞くと、
「うん」
と、短く返事が返ってくる。
そっと手を離すが、思わず彼の服の裾を握った。
それに気づいたアディエルは、くすりと笑い、隣に横になる。
「フィオナが、こんなに頑固だとは思わなかった」
「アディエルだって……」
そう呟くと、彼は私の膨らんだ頬をそっと撫でた。
くすぐったくて、自然と力が抜ける。
「寝ようか」
「……うん」
布団を掛け、ぽん、ぽんとゆっくり叩かれる。
そのリズムが心地よくて、次第に瞼が重くなっていく。
眠りに落ちる直前、そっと手を伸ばすと、アディエルが優しく握り返してくれた。
その温もりに安心して、私はそのまま夢の中へと意識を手放したのだった。




