69話
着替えを手に取り、浴室のある部屋へ入る。
どうすればアディエルをベッドで休ませられるかを考えながら、ドレスを脱いでいく。
だが背中に手を回した瞬間、動きも思考も止まってしまった。
腰の辺りにあるはずのボタンが、小さすぎて指が届かない。
自力では、どうしても外せそうにない。
いつも手伝ってもらっていたことを、すっかり失念していた。
自分の身の回りのことは自分でできると豪語したばかりなのに、情けなさと恥ずかしさが込み上げる。
無理に引っ張れば、ドレスを傷めてしまうだろう。
――残された方法は、一つしかなかった。
私は一度ドレスを整え、そっと部屋の扉を開いた。
アディエルは、こちらに背を向けるようにソファに座っている。
ひとつ息を吐き、勇気を振り絞って声を掛けた。
「……アディエル」
思った以上に小さな声になってしまい、届いたか不安になる。
けれど次の瞬間、アディエルは飛び跳ねるように立ち上がった。
「な、な、なに?」
裏返った声に、せっかく集めた勇気がぐらつくが、このままではどうにもならない。
私は思い切って言葉を続けた。
「あのね……ドレスのボタンが小さくて、自分で外せなくて……その、手を貸してほしいの……」
「………………」
アディエルは立ち尽くしたまま、言葉を失っている。
「……アディエル?」
そう声を掛けると、彼は背を向けたまま、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「えっと……ボ、ボタンだね。うん……大丈夫」
まったく大丈夫そうには見えなかったけれど、今さら引き返すこともできない。
私は小さく頷き、背を向ける。
すぐ後ろにアディエルの気配を感じた瞬間、心臓が跳ね上がった。
無言のまま、アディエルの手が伸びる。
指先が触れるたび、ボタンが一つ、また一つと外されていく。
緩んでいくドレスを、思わず強く握りしめた。
言葉はなく、聞こえるのは布の擦れる微かな音だけ。
その静けさが、かえって意識を煽る。
「……できたよ」
最後のボタンを外すと、アディエルはそう告げ、素早く距離を取った。
限界まで高まっていた恥ずかしさから逃げるように、私はろくに礼も言えないまま浴室へ駆け込む。
胸を押さえて座り込み、荒い鼓動を鎮めようと深く息をした。
落ち着くため目を閉じても、微かに触れたアディエルの指先の熱が、はっきりと思い出すだけだった。
胸の鼓動は収まるどころか、むしろ一層早く、静かに暴れ続けていたのだった。




