65話
アディエルと手を繋ぎ、サハル王国一団の元へと向かう。
途中、そっとその手を離し、彼の腕に添えようとしたが、アディエルは指を緩めてくれなかった。
仕方なくそのまま歩くが、周囲から向けられる視線が少し痛い。
「あらあら、仲良しね」
公爵夫人が嬉しそうに微笑む。
公爵様はやや呆れたような表情を浮かべていたが、それでも口元には穏やかな笑みがあった。
「サハル王国の皆様に、ご挨拶申し上げます」
アディエルの声に続き、私も礼を取る。
胸の前で指先だけを合わせ、片足を後ろへ引く――サハル王国の最敬礼。
歓迎の意がきちんと伝わるよう、何度も練習してきた所作だ。
隣のアディエルも、同じ動きで礼をする。
打ち合わせをしたわけではないのに、考えが通じ合ったようで、胸が少し弾んだ。
同時に顔を上げると、華やかな雰囲気の男性――サハル国王子もまた、同じ礼を返してくれた。
「ラシード・マシュラ・アル=サハルだ」
そう名乗り、握手を求めるように手を差し出される。
思わずその手を取ると、力強く、しっかりと握り込まれた。
アディエルの手とは違う。
大きく、骨ばっている手だった。
「……フィオナ・ソラリスと申します。お会いできて光栄です、王子殿下」
名乗り、手を離そうとするが、ラシード王子はなかなか放してくれない。
振りほどくのも失礼かと思い、そのまま戸惑っていると、見かねたようにアディエルが手を伸ばした。
「ラシード王子、もう十分でしょう」
そう言って王子の手を振り払い、代わりに私の手を握りしめる。
解かれた自分の手を一瞬眺めたあと、ラシード王子は豪快に声を上げて笑った。
「はっはっは! 思った以上だな、アディ!……だが、男女の仲を引き裂くなんて、無粋だぞ」
「王子とフィオナの間に、男女の仲も何もないでしょう」
アディエルはそう言いながら、私を守るように肩を抱く。
その様子がよほど面白かったのか、ラシード王子はますます楽しげな表情を浮かべた。
「そうか? フィオナ嬢は、ずいぶん熱い視線を送ってくれたが……」
流し目で見つめられ、心臓がどきりと跳ねる。
私は慌ててアディエルの腕から抜け出し、深く頭を下げた。
「先ほどは、不躾に見つめてしまい、申し訳ありませんでした」
「構わないさ。美しいご令嬢の好意は、いつでも歓迎だ」
そう言いながら再び手を伸ばしてくるのを、今度はアディエルが即座に阻止する。
彼はラシード王子の手を握りしめ、爽やかな笑顔を浮かべた。
「私の“婚約者”が見ていたのは、王子ではなく“羽織物”ですから」
所々を強調して話すアディエルは、笑顔の表情とは裏腹に、握りしめた手が微かに震えている。
それだけ、力が込められているということだろう。
やがてアディエルが手を放すと、ラシード王子は降参だと言わんばかりに両手を上げた。
「まったく……」
そう呟いてから、王子は一度表情を整える。
「ランフォード公爵からフィオナ嬢は博識だと聞いた。……我々のために、いろいろと気遣ってくれたようで感謝する」
頭を下げられ、思わず慌てる。
「そんな……私は知っていることをお話ししただけです。実際に動いてくださったのは、小公爵様ですから」
そう言ってアディエルへ視線を向けると、彼は目元を緩め、嬉しそうに微笑んだ。
「へぇ。アディも、そんな顔ができるんだな」
からかうような言葉に、アディエルは一瞬だけ視線を鋭くする。
その様子を見て、ラシード王子は再び声を上げて笑い、私へと向き直った。
「羽織物が気になるなら、後で何点か贈ろう」
「え?」
あれほど多彩な色を織り込んだ羽織物は、一つでも相当高価だ。
そんなものを頂くわけには――。
戸惑いがそのまま顔に出ていたのだろう。
ラシード王子は気にした様子もなく、軽く首を振った。
「我が国に理解と興味を示してくれた事への感謝の気持ちだ。……受け取ってほしい」
どうするべきかとアディエルを見ると、彼は微笑みながら静かに頷いてくれた。
その笑みに背中を押され、私は遠慮がちに頷く。
「では……ありがたく頂戴いたします」
「ですが、贈り物は一つで十分です。残りは、私からプレゼントします」
すかさず口を挟んだアディエルに、ラシード王子はまた豪快に笑った。
二人の姿を見ていると、他国の王子と小公爵という立場以上の、確かな友情を感じる。
そのことが、なんだかとても嬉しくて――胸の奥が、じんわりと温かくなるのだった。




