6話
アディエルと並んで歩きながら、部屋へ向かう道すがら。
ふと、ずっと胸の奥に引っかかっていたことが口をついて出た。
足を止め、私は思い切って問いかける。
「アディエルは……セレーナと結婚しようって、思わないの?」
アディエルは公爵家、セレーナは伯爵家。
格上の家門からの婚姻の申し入れは、基本的に断れない。
ランフォード家から正式に話を持ちかければ、意中のセレーナを手に入れることが出来るのに。
そうなれば……レオリオも――。
そこまで考えて、はっとした。
誰の気持ちも顧みない、あまりにも身勝手な考えだ。
なにより、アディエルの想いを踏みにじる質問だった。
「ご、ごめん……無神経なこと聞いて。……本当にごめんなさい」
叱られるかもしれない、と身構えた。
けれど、振り返ったアディエルは、いつもと変わらない柔らかな笑顔で私を見ていた。
「フィオナ、ちょっと座ろうか?」
彼の視線の先には、庭園に設えられたベンチがある。
居たたまれなさに少し迷ったものの、私は小さく頷き、アディエルと並んで腰を下ろした。
「寒くない?」
そう言って、アディエルは自分のマフラーを外し、そっと私に掛けてくれる。
その温もりが、彼の優しさそのもののようで――なんだか無性に泣きたくなった。
「僕も、考えなかったわけじゃないよ」
ぽつりと語り出したアディエルは、遠くを見るような目をしていた。
続きを待つ私の視線に気づき、彼は少し困ったように笑う。
「でも……やめたんだ。結婚したところで、彼女の気持ちが変わるとは思えなかったから」
その言葉に、息を呑む。
――アディエルも、気づいていたのだ。
レオリオとセレーナが出会ってからの二年間。
セレーナがレオリオを愛称で呼ぶようになった意味。
彼女が彼を見る視線の色が変わった意味を。
「……アディエルは、どうしてそんなに平気なの?」
私は、セレーナの想いがレオリオに向いていると知ったとき、平常心ではいられなかった。
部屋に閉じこもり、涙が枯れるまで泣いた。
今もなお、二人が想い合う姿を見るたび、胸が張り裂けそうになるのに。
そんな私の問いに、アディエルは静かに微笑んだ。
「フィオナには、平気そうに見えてた?」
「……だって、いつも笑ってるから」
その言葉に、アディエルは薄く笑う。
それはどこか自嘲を含んだ、初めて見る表情だった。
「……僕は、臆病なんだ」
「臆病?」
彼には似つかわしくない言葉に、思わず首を傾げる。
「うん。嫌われるのが怖いんだ。……セレーナに限らず、誰に対してもね」
堂々として見えるアディエルが、そんな不安を抱えているなんて――。
「アディエルを嫌う人なんて、いないと思う……」
“私と違って”という言葉を飲み込み、視線を落とす。
言葉にしなかった想いを察したのか、アディエルはそっと私の頭を撫でた。
「フィオナを嫌う人だって、いないよ」
その声に顔を上げると、そこには優しい笑顔があった。
「まあ、全世界の人に好かれるなんて、無理な話だけどね」
そう言って立ち上がり、軽く伸びをする。
そして、振り返って私に問いかけた。
「フィオナ、まだ元気はある?」
「え?」
意図がわからず首を傾げると、彼は楽しそうに言った。
「遊びに行こっか」
差し出された手と、少し悪戯っぽい笑顔。
いつもの穏やかな微笑みとは違う、その表情につられて、私も思わず笑ってしまう。
「……うん」
私はその手を取り、来た道を引き返した。
アディエルと何処に行こうか、何をしようかと話している間、セレーナとレオリオの事が、少しだけ小さくなった気がした。




