63話
アディエルにエスコートされ、王宮の大広間へ足を踏み入れた。
光を受けてきらめくシャンデリアが、思わず目を細めてしまうほど眩しい。
すでに多くの貴族が集まっており、私たちが姿を現した瞬間、無数の視線が一斉にこちらへ向けられた。
緊張で足がすくみそうになるのを、必死にこらえて前を見つめる。
そのとき、アディエルがそっと私の手を握りしめた。
顔を上げると、彼は優しく微笑んでいる。
その表情に、張りつめていた緊張がゆっくりと溶けていくのが分かった。
大広間の階段を降りるや否や、待っていたかのように人々が集まってくる。
「ランフォード小公爵様、ご無沙汰しております」
「今回のサハル王国との交渉は、小公爵様あっての成功と伺いました」
「そちらのご令嬢は……?」
矢継ぎ早に投げかけられる言葉に、アディエルはただ穏やかに微笑むだけだった。
しかし、視線が私へと集まると、彼は自然な仕草で腰に手を回し、私を引き寄せる。
「彼女は、婚約者のフィオナ・ソラリス伯爵令嬢です」
その言葉に、場の空気が一瞬止まった。
「……婚約者?」
「ソラリス伯爵家の御息女と……」
囁き声には、隠しきれない落胆が混じっている。
周囲を見渡せば、年頃の令嬢を抱える家門ばかりだ。
長らく浮いた噂のなかったランフォード公爵家の一人息子を、誰もが狙っていたのだろう。
その証拠に、彼らの後ろに控える令嬢たちは、一様に悲しげな表情を浮かべていた。
「フィオナ、行こうか」
周囲の反応など気にも留めず、アディエルは歩き出す。
どこか晴れやかなその横顔から、これまでどれほどの縁談を断ってきたのかが、何となく想像できた。
「アディエル!」
並んで歩いていると、明るい声がかけられる。
振り向くと、一人の青年が手を振りながら近づいてきた。
銀色に輝く髪、燃えるような赤い瞳。
私とアディエルは揃って頭を下げる。
「王子殿下にご挨拶申し上げます」
「顔を上げて。噂の婚約者を紹介してよ」
その青年ーーベリオン王国第一王子、ロベリア・ベリオンは爽やかな笑顔を浮かべていた。
その瞳には、抑えきれない好奇心が宿っている。
「……婚約者の、フィオナです」
そう紹介され、私はもう一度丁寧に頭を下げた。
「フィオナ・ソラリスにございます」
「うん、よろしくね」
あまりに軽い返事に、思わず驚いてしまう。
話したことは無いが、遠目に見る王子はいつも威厳に満ちた存在だったのに。
戸惑う私を見て、アディエルが苦笑する。
「いつもは猫を被ってるだけだよ」
「え?」
「普段の彼は、羽根より軽い」
その少し毒のある言い方に慌てるが、王子は気にした様子もなく笑っている。
「それを言うなら、アディエルもなかなか分厚い猫の皮を被ってると思うけど?」
二人の気安い雰囲気に、思わず目を瞬かせた。
「王子とは、学院時代の同窓生なんだ」
「ずいぶん他人行儀だなぁ」
そう言いながら、王子はアディエルの肩に腕を回す。
それを嫌そうに振り払う姿から、二人の親しさが伝わってきた。
「アディエルが結婚、ね」
王子はそう呟き、どこか感慨深げに頷く。
その表情を見て、結婚と同時に公爵位を継ぐアディエルの覚悟も、きっと彼には伝わっているのだろうと思った。
しばらく話した後、王子は側近に呼ばれた。
どうやら、サハル王国の使節団を迎える時間らしい。
「結婚式には必ず呼んでね」
そう言い残し、返事も聞かずに去っていく。
予想外の王子の姿に、思わず肩の力が抜けた。
「変な人だったでしょ」
アディエルがくすくすと笑う。
友人と話した後の彼は、どこか柔らかい。
「変っていうより……気さくな方で、びっくりした」
そう答えると、アディエルは私の手をそっと握った。
「これから顔を合わせることも増えるかもしれないけど……」
言葉を切り、視線を彷徨わせる。
首を傾げると、彼は声を落として囁いた。
「好きになっちゃ、だめだよ」
予想外の言葉に、思わず目を丸くする。
「……アディエルがいるのに、そんなこと起きると思えないけど」
そう言うと、彼は一瞬、嬉しそうに頬を緩めたものの、すぐに眉を下げた。
「……王子は、モテるから」
「……アディエルより?」
問いかけると、彼は慌てたように首を横に振る。
「僕は、全然モテないよ」
――先ほどの令嬢たちを見ていなかったのだろうか。
整った顔立ちに、すらりとした体躯。
アディエルは常に令嬢達の憧れの的だった。
それを本人だけが知らないなんて。
そう思うと、胸の奥がふわりと浮き立つ。
このまま、知らないままでいてほしくて。
私は何も言わず、ただ微笑むだけにとどめたのだった。




