62話
階段を降りると、エントランスホールにアディエルの後ろ姿があった。
久しぶりに見るその姿に、胸が高鳴る。
「……アディエル」
そっと声をかけると、彼は振り向き、私の姿に視線を留めた。
「…………」
アディエルは何も言わないまま、静かに歩み寄ってくる。
「フィオナ……綺麗だ」
そう呟き、抱きしめるように手を伸ばしかけて――
けれど、すぐにその動きを止めた。
ドレスが皺になるのを気にしたのかもしれない。
そっと下ろされる彼の手を見つめながら、その気遣いを、少しだけ残念に思っている自分がいた。
アディエルは気を取り直したように私の手を取り、柔らかな微笑みを浮かべる。
「やっぱりそのドレス、フィオナにぴったりだ」
「……アディエルが選んでくれたの?」
問いかけると、彼は静かに頷いた。
そうではないかと思ってはいたけれど、本当に彼が選んでくれたのだと分かると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
アディエルはそっと腕を差し出す。
その腕に手を添えた瞬間、彼の体温が伝わってきた。
「行こうか」
「……うん」
彼の言葉に頷き、二人並んで歩き出したのだった。
馬車に乗り込むと、アディエルは私の隣に腰を下ろした。
すると、どこか楽しそうな表情になる。
「実は、もう一つ贈り物があるんだ」
「え?」
そう言って、彼は小さな箱を取り出し、そっと蓋を開けた。
中には、美しいエメラルドが連なるネックレスと、揃いのイヤリングが収められていた。
「……綺麗」
思わず呟くと、アディエルはネックレスを手に取る。
「少し、こっち向ける?」
促されるまま身体を捻ると、彼は私の首元にネックレスをかけてくれた。
抱きしめられるような距離に、胸が高鳴る。
金具の留まる微かな音が、馬車の中に響いた。
彼が離れようとした気配に、思わずその腕を掴んでしまう。
一瞬、アディエルの動きが止まる。
けれど、彼はくすりと笑い、少しだけ腕に力を込めてから、名残惜しそうに離れた。
次に、彼はイヤリングを手に取る。
私の髪をそっと耳に掛け、丁寧に飾りを着けてくれた。
反対の耳も同じように整えたあと、彼の指先が耳の縁をなぞる。
その感触に、ぞくりと身体が震え、恥ずかしさがこみ上げた。
顔が熱くなり、俯いてしまう。
すると、アディエルは顎に手を添え、優しく顔を上げさせた。
否応なく視線が合い、思わず目を閉じてしまう。
恥ずかしくて、彼の眼差しを正面から受け止められなかった。
一瞬、アディエルが小さく息を呑んだような気がしたけれど、確認する余裕はない。
どれほどそうしていたのか――
ふと空気が動く気配がした、その直後。
頬に、柔らかな感触が触れた。
驚いて目を開けると、アディエルはすでに身体を離している。
「いま……」
言葉を失う私に、彼は楽しそうな笑みを向けるだけだった。
何が起きたのか、その表情の意味も分からないまま。
私は、感触の残る頬を押さえ、馬車が止まるまでずっと俯き続けていたのだった。




