59話
籠の中のひよこをそっと突くと、指先が柔らかな毛並みに包まれ、くすぐったい感触が返ってきた。
「それで……どうして“ひよこ様”なの?」
しばらくうずくまっていたアディエルは、気持ちを立て直したのか、私のそばへと戻ってくる。
視線を上げて問いかけると、彼は少し照れくさそうにひよこを持ち上げた。
「これ」
そう言って、首に掛けられたネックレスの後ろを見せてくれる。
そこには、小さなチャームがついていて、文字が彫られていた。
「……フィー……」
思わず口にすると、アディエルの頬がわずかに赤くなり、ふっと表情が緩む。
「この子の、名前だよ」
――名前。
どこから、“誰から”取ったのかは聞かなくても分かってしまった。
“フィオナ”の“フィー”。
それでも確かめるように視線を向けると、アディエルは肯定するように、静かに微笑んだ。
彼はひよこを元の籠に戻すと、指先でその桃色の頬を優しく撫でる。
その仕草が、まるで自分の頬を撫でられているように思えて、思わず自分の頬を押さえてしまった。
「……名前、嫌だった?」
そんなふうに聞かれて、嫌だなんて言えるはずがない。
……そもそも、そんな気持ちにはなっていないのだから。
首を横に振ると、アディエルは安堵したように息を吐いた。
そして机の引き出しを開け、小さな箱を取り出す。
「本当は、家で渡そうと思ってたんだけど」
そう言いながら、その箱を私の手のひらに乗せた。
「開けてみて」
言われるまま蓋を開けると、そこには銀色のチェーンに、青い石がついた小さなネックレスが入っていた。
あの日、ひよこと揃いで選んだ、エルのお土産。
チェーンの先には、同じように小さなチャームが下がっている。
彫られていたのは――“エル”の文字。
とても特別なもののように思えて、そっとチャームを撫でた。
お店で見たときには、こんなものは付いていなかったはずだ。
「……特別に作ってもらったんだ。だから、渡すのに時間がかかっちゃった」
私の疑問を察したのか、アディエルがそう説明してくれる。
――特別。
その言葉に、胸の奥が甘く跳ねた。
互いにお揃いのアクセサリーを身に着けた、クマのエルと、ひよこのフィー。
二匹の関係が、少し羨ましく思えてしまうのは……気のせいだろうか。
そんなことを考えながらひよこを見つめていると、アディエルがそっと囁いた。
「フィー」
今、呼ばれたのは、どちらだろう。
ひよこの名前か、それとも……。
ほんの少しの期待を胸に、彼へ視線を向けようと顔を上げた、その時。
「あのー……そろそろお茶が冷めそうなんで、入ってもいいですか?」
扉の向こうからミリアム卿の声がして、二人の間の空気がぴたりと止まる。
……彼の存在を、すっかり忘れていた。
急に恥ずかしくなり、そっとアディエルから距離を取ると、彼は大きく息を吐いた。
「……入って」
その声は、先程までとは打って変わって、ひどく冷えていたのだった。




