57話
デンゼルに託された封筒と、大きなバスケットを抱え、私は王宮の前に立っていた。
バスケットの中には、昼食を抜いているというアディエルのために作ったサンドイッチが詰め込まれている。
忙しい中でも、彼はダンスの練習に付き合ってくれている。
そのおかげで、苦手だったダンスも、少しずつ楽しいと思えるようになった。
そんなお礼の気持ちを込めて作ったものの、直前になって、プロの料理人が作る食事の方が良いのでは、と迷いもした。
だが、厨房の皆に説得され、結局こうして持ってきてしまったのだ。
手にしたバスケットを握り直し、気持ちを切り替えて城門を守る兵士に声をかける。
「あの……ランフォード公爵家の者なのですが……」
そう告げると、門兵は背筋を伸ばし、丁寧に入城を許可してくれた。
行き先まで詳しく教えられ、改めてランフォードの名の重さを実感する。
教えられた通りに歩き、辿り着いたのは大きな扉の前だった。
――きっと、ここがアディエルの職場なのだろう。
急に緊張してきて、ノックをしようと握った手が震える。
ひと息ついて、そっと扉を叩いた。
思った以上に弱い音で、聞こえただろうかと不安になる。
もう一度ノックしたほうがいいだろうかと迷っていると、ガチャリ、と音を立てて扉が開いた。
「…………ひよこ様?」
「…………え?」
出てきた若い男性が、私の顔をまじまじと見つめ、不可解な言葉を呟く。
「あの……?」
視線に耐えかねて声をかけると、彼ははっとした様子で身を正した。
「わわわ!すみません!本物のひよこ様に驚いてしまって!」
「……あの、ひよこ様って、なんでしょう?」
「えっと……それは……」
彼が言い淀んだ瞬間、後ろからぬっと手が伸び、扉が大きく開かれる。
「ミリアム、さっきから何をしているんだ」
その声と共に現れたのは、アディエルだった。
彼の視線が私に止まった瞬間、驚いたように固まる。
大きく見開かれた瞳。
最近、こんな表情を見ることが増えた気がする。
「アディエル?」
呼びかけると、彼は我に返ったように動き出した。
「フィ、フィオナがどうしてここに?!」
私は封筒をそっと掲げた。
「デンゼルに、忘れ物を届けるように頼まれたの。……あと、差し入れも」
そう言って今度は籠を持ち上げると、アディエルは感激したように呟く。
「……デンゼルに感謝する日が来るとは」
その呟きに、私は役目を果たせたのだと達成感を感じ、頬が緩む。
「そんなに大事なものだったのね」
届けた忘れ物は、デンゼルに感謝する程重要な物だったのだろう。
そう思い、封筒を丁寧に差し出すと、背後から吹き出す声が聞こえた。
少し背伸びして覗くと、ミリアムと呼ばれた男性が口を押さえ、必死に笑いを堪えている。
「?」
視線で問いかけるが、アディエルは脱力したように首を振る。
「……とにかく、来てくれてありがとう。……入って」
疑問は残ったままだったが、彼に促され、私は部屋の中へ足を踏み入れる。
なんだか、彼のテリトリーに迎え入れてもらえたような気がして、胸が小さく弾んだのだった。




