幕間
眠りに落ちたフィオナを起こさないよう、そっと腕に力を込める。
腕の中に広がる温もりに、彼女が確かにここにいるのだと実感して、思わずその頭に頬を寄せた。
ふわりと香る花のような匂い。
胸が弾むようで、同時に切なくもなる。
会えない日々の中で、デンゼルからフィオナの様子は聞いていた。
健気に頑張っている姿が容易に想像できて、そのたびに、自分もやるべきことをやろうと気を引き締めた。
――けれど、限界だった。
彼女の姿が見られない日々が。
彼女の声が聞けない日々が。
そして、彼女に触れられない日々が。
実は一目でも顔が見たくて、深夜に帰宅した後、彼女の部屋へ向かったことがある。
しかし、デンゼルに止められた。
未婚の令嬢を訪ねるには遅すぎる時間だ、と。
同じ屋根の下で暮らし、婚約もしているというのに、彼女との距離はあまりにも歯がゆい。
その後も何度か部屋の前までは行ったが、レイラやマーシャ――皆の分厚い防壁に阻まれ、すごすごと自室へ戻る日々だった。
だから今日、フィオナが出迎えてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
会いたいという願いが、幻覚を見せたのではないかと疑ったほどだ。
だが、腕に抱いた温もりが、それが現実だと教えてくれた。
あの瞬間、どれほど胸が満たされたことか。
それなのに、一目会っただけで部屋へ戻ろうとする彼女の態度が、悔しかった。
自分と彼女の想いの“差”を突きつけられた気がして、悔しかった。
だから、思わずお茶に誘ってしまった。
彼女の予定を考えれば、すぐに休ませてやるべきだったのに。
それに――少しでも“男”として意識してほしくて、自室へ連れ込んだ自分の子どもっぽさが、今更ながら恥ずかしい。
ふと、赤く染まった彼女の唇に目が留まる。
指先を伸ばしかけて、触れる直前で、そっと引っ込めた。
いずれ、僕と彼女は結婚し、夫婦になる。
けれど、それだけではもう足りないのだ。
彼女の心が欲しかった。
他の誰でもなく、僕だけを見つめてほしい。
『僕たちの間に、燃え上がるような恋心はないかもしれない』
かつて彼女に告げた言葉を思い出し、思わず苦笑する。
この胸に渦巻く感情を、“燃え上がる恋心”以外の何と呼べばいいのだろう。
彼女の傷を知るたびに、いっそ自分だけの世界に閉じ込めて、甘やかしてやりたくなる。
彼女を傷つけてきたすべてを、この世から排除できるのなら――そう思う自分がいる。
……彼女が、そんなことを望まないと知っているけれど。
考え込んでいると、フィオナが無意識に胸へ頬を擦り寄せてきた。
その無自覚さが、甘くて、憎らしい。
「あんまり、僕を試さないで」
苦笑しながら、そっと彼女の髪に口づける。
耐え続けてきたのだ。
これくらいは許してほしい。
いつまでも腕に閉じ込めておきたい衝動を抑え、彼女を横抱きにして部屋を出た。
少しでも長く触れていたくて、歩調は自然とゆっくりになる。
君が心をくれるまで、いつまでも待つつもりはない。
嫌われるのが怖くて、ただ見守るだけの自分は、もう止めた。
「覚悟しててね」
囁くと、眠るフィオナの口元が、微笑むように緩んだ。
その表情があまりにも愛おしくて、一瞬、自室へ引き返そうかと本気で迷う。
だが、彼女の部屋の前で待ち構えるメイドの鋭い視線に気づき、諦めるように歩を進めたのだった。




