↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばれなかった、私たち  作者: おはよう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/137

54話


どこへ向かうのか分からないまま、アディエルに手を引かれて歩いていく。

辿り着いたのは、彼の部屋だった。


部屋に入ると、アディエルは「ちょっと待っててね」とだけ告げ、奥へと姿を消す。


しばらくして戻ってきた彼は、手早く風呂を済ませ、寝衣に着替えていた。


濡れた髪に、ふと覗く首元。

思わず目のやり場に困り、俯いてしまう。

彼の私的な空間にいるという事を意識してしまい、妙に落ち着かない。


「はい。熱いから気をつけて」


そう言って差し出されたカップを受け取ると、温かな湯気と共に甘い香りが立ちのぼった。


“お茶を”と言っていたが、中身はホットミルクのようだ。


表情に出ていたのか、アディエルがくすりと笑う。


「お茶だと、目が冴えちゃうからね」


隣に座るアディエルが手にしているのは、どうやらアルコールの様だった。


ホットミルクを一口含むと、優しい甘さが身体の奥に染み渡り、少しだけ気持ちがほぐれた。


「フィオナ、レッスンはどう? きつくない?」


「うん……デンゼルの講義は、すごく勉強になるし、楽しいよ」


心配してくれる声に、正直な気持ちを返す。


「ただ、ダンスの方は……」


出来ることが増えたとは言え、あまり上達していない自覚はある。

視線を彷徨わせる私に、アディエルは静かに問いかけた。


「……嫌じゃなかったら、どうしてダンスが苦手なのか、聞いてもいい?」


“苦手”の範囲を超えていることは、報告で知っているであろうアディエルの、言葉を選んでくれる気遣いが有難かった。


「……うん」


一度息を吐き、私は過去の出来事を語り始めた。




――十歳になる前のこと。

セレーナと共に、初めてダンスのレッスンを受けた。


数年早く習っていたセレーナを見ていた私は、自分もレディの仲間入りをしたようで、密かに胸を高鳴らせていた。


けれど、実際に踊ってみると、うまく身体が動かなかった。

そんな私に、講師は言った。


「セレーナ様のように踊ればいいんです」


ただの助言だったはずなのに、その頃すでにセレーナへの劣等感を抱いていた私は、その一言に打ちのめされてしまったのだ。



“セレーナのように”


それは、物心ついた頃から繰り返し聞かされてきた言葉。


“セレーナのように美しく”

“セレーナのように上品に”


そしていつしか、それは


“セレーナのようにできないフィオナ”


という言葉に変わっていった。



たった一度のレッスンで、セレーナと比べられているような気がして、私はダンスから逃げ続けた。



デビュタントの後も、セレーナが踊れば伯爵家の体面は保たれたから、私は壁際に身を潜め、時間が過ぎるのを待った。


それに――

“踊れない私”という理由は、レオリオに誘われない現実から目を背けるのに、ちょうどよかった。




話し終え、カップに口をつける。

広がる優しい味に、少しだけ開いた心の傷が癒される気がした。


アディエルは、何も言わず、ただ黙って耳を傾けてくれている。


「今思えば……セレーナのせいにして、できない自分を受け入れられなかっただけなのかもしれない」


初めて習う自分が、何年も踊ってきたセレーナと同じように踊れるはずがなかった。


それなのに“できない自分”を認めることができなくて――

周りやセレーナのせいにして、逃げだしたのだ。


そんな自分が情けなくて、自然と視線が落ちる。

すると、アディエルがそっと肩を抱いた。


「今のフィオナは、苦手なことにも懸命に向き合っているじゃないか」


顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。


「それに、弱い自分を受け入れようとしている。そんな君を、僕は……」


アディエルは言葉を切り、肩を抱く腕に、少しだけ力を込めた。


「……僕は、尊敬しているよ」


「……ありがとう」


その言葉が胸に沁みて、素直に礼を告げた。


「でもね……アディエルのおかげだよ」


「僕の?」


「……うん」


私は、そっと彼の腕に身を預ける。

温かな腕の中が、心地いい。


「アディエルが……大切に……してくれる私を……私も、大切にしたい……」


言葉を紡ぐうちに、瞼が重くなり、口も思うように動かなくなる。


このままではアディエルに迷惑をかけてしまう。

そう思うのに、彼の温もりに包まれると、睡魔に抗えなかった。


私は、最後まで想いを伝えることなく、そのまま、意識を手放してしまったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。