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選ばれなかった、私たち  作者: おはよう


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53話


それからの数日間は、嵐のように過ぎていった。


朝早くからデンゼルによる、公爵夫人として必要な教育を受け、昼にはダンスのレッスン。

夕方になると、再びデンゼルの講義が待っている。


今まであまり活動的な生活を送ってこなかったせいか、過密な日程に身体のあちこちが悲鳴を上げていた。

それでも、不思議と心は満たされていた。


デンゼルから学ぶ貴族としての振る舞いは、自分自身を見つめ直す良い機会になっている。


ダンスのレッスンは――

初めて私が踊る姿を見たときの、講師や公爵夫人の表情は今でも忘れられない。

けれど、少しずつできることが増えていくのは、素直に嬉しかった。


合間には、公爵夫人がお茶を用意してくれ、きちんと休む時間も作ってくれる。


公爵家の皆が支えてくれているおかげで、気持ちが後ろ向きになる暇はなかった。


ただ一つ、少しだけ残念なことがあるとすれば――

ここ数日、アディエルに会えていないことだけだった。


サハル王国を迎える日が近づくにつれ、アディエルは王宮にいる時間が増え、私が眠った後に帰宅し、起きる前に出掛けていく日が続いている。

公爵邸に戻らない日もあるようだった。



一日の予定を終え、寝支度を済ませた私は、疲れた身体をベッドに横たえる。

自然と、クマのエルに手が伸びた。


「アディエルは、ちゃんと休めているかな」


こうしてエルに話しかけるのが、最近の習慣になっている。


エルの首を少し傾げるように動かすと、胸の奥がきゅっと寂しくなった。


アディエルが頑張っていると思うと、私も頑張ろうと思える。

彼の隣に立つに相応しい自分になりたい。


寂しさに浸っている場合ではないのに――


それでも、会いたい気持ちは抑えきれなかった。


エルを抱えたまま起き上がり、時計を見る。

もうすぐ日付が変わる時間だ。


今日は、帰ってくるのだろうか。


そう思いながら時計を見つめていると、部屋の扉がノックされた。

返事をすると、静かにレイラが入ってくる。


「レイラ、どうしたの?」


今日はもう下がってもらったはずなのに、と首を傾げると、レイラは微笑んだ。


「若旦那様は、もうすぐお戻りになるそうですよ」


“若旦那様”――

最近、公爵家ではアディエルをそう呼ぶようになった。

次期当主としての覚悟が、皆に伝わったからだろう。


「アディエル、帰ってくるの?」


思わず立ち上がる。


出迎えてもいいだろうか。

こんな時間に戻る彼は、きっと疲れている。

すぐに部屋に戻って休みたいかもしれない。

そう考えると、部屋を出るのを躊躇してしまう。


落ち着きなく歩き回る私を見て、レイラはくすりと笑い、そっとガウンを肩にかけてくれた。


「フィオナ様がお会いになりたい、そのお気持ちが一番大切ですよ」


その言葉に背中を押され、私はアディエルを迎えるため、部屋を出た。



エントランスホールに降りると、外から馬車が到着する音が響く。


胸がどきどきと早鐘を打つ。

会えていないと言っても、たかが数日なのに。


ガウンの合わせをぎゅっと握った瞬間、玄関の扉が静かに開いた。


デンゼルに伴われて現れたアディエルは、少しやつれて見える。

その姿に、胸がきゅっと痛んだ。


デンゼルと会話を交わしていたアディエルが、ふと顔を上げ、私の姿に気づく。

驚いたように目を見開いた。


「アディエル、おかえりなさい」


「……フィオナ?」


名前を呼ぶと同時に、彼は飛んでくるような勢いで目の前に現れた。

次の瞬間、ぎゅっと強く抱きしめられる。


「フィオナ……ただいま」


そう呟いて、アディエルは力を抜いた。

家に帰ってきて、ほっとしたのかもしれない。


そっと顔を見上げると、間近で見る彼は明らかに疲れていた。


「お疲れ様でした」


微笑みかけると、アディエルも微笑み返してくれる。


「フィオナも、お疲れ様」


その笑顔を見て安心し、私はそっと彼から離れた。


「顔が見られて良かった。……おやすみ」


そう言って部屋に戻ろうと踵を返すと


「フィオナ?!」


慌てた声に呼び止められる。


「ん?どうしたの?」


「えっと……それだけ?」


「それだけって?」


意味が分からず首を傾げる。

顔が見られたのだから、あとは休んでもらうだけ――

それ以外に、何があるのだろう。


そう思って見つめると、アディエルは何とも言えない表情をしていた。


「えっと……?」


戸惑う私の手を、彼はそっと取って指を絡める。


外から帰ったばかりの指先は冷たくなっていた。

少しでも温まれば、と思いそっと指先を撫でると、アディエルがびくりと震えた。


「ねぇ、フィオナ」


「ん?」


返事をすると、アディエルは何かを訴えるような目をしていた。

けれど、その意味が分からない。


しばらく見つめ合ったあと、アディエルはふっと表情を和らげた。


「フィオナの顔が見られて、良かった」


「う、うん」


なんだか、何かを逃したような、残念な気持ちになるのは何故だろう。

自分の気持ちが分からなくて、そっと胸を押さえた。



「フィオナがよければ、お茶を一杯付き合ってくれない?」


その言葉に顔を上げる。

もう少し一緒にいられるのは、素直に嬉しかった。


「……アディエル、寝なくていいの?」


心配して尋ねると、彼は微笑む。


「いつも、すぐには眠れないから」


それなら、と私は頷いた。



ふと、先ほどの視線を思い出す。

あの時、彼は何を伝えたかったのだろう。

そして、私は何を期待していたのだろうか。


はっきりさせたい気持ちと、このまま曖昧でいたい気持ち。


そのどちらともつかない想いを胸にしまい込み、

私はアディエルと共に歩き出した。


繋いだ手にそっと力を込めて。



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