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選ばれなかった、私たち  作者: おはよう


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52話


食堂に到着すると、そこに公爵夫妻の姿はなかった。


アディエルと二人で食事を進めていると、ふいに彼が口を開く。


「フィオナ、君にやってもらいたいことがあるんだ」


改まった口調に、私は食事の手を止め、背筋を伸ばした。

そんな私の様子を見て、アディエルはくすりと笑う。


「そんなに力まなくても大丈夫だよ」


「う、うん……」


そう言われても、緊張は簡単には解けなかった。


「少しずつでいいから、公爵家のことを知っていってほしいんだ」


「他の家門との関係、とか?」


これから必要になるであろうことを口にすると、アディエルは頷いた。


「うん。それから、公爵家の財務のこともね」


いよいよ本格的に、公爵夫人としての教育が始まるのかと思い、緊張が広がる。


不安は確かにある。

でも、アディエルの穏やかな笑顔を見ていると、ほんの少しだけ心が軽くなった。


「デンゼルが教えてくれるから、あまり気負いすぎないで」


そう言って、彼は側に控えていたデンゼルへ視線を向けた。

デンゼルはにこやかに微笑み、静かに頷く。


「宜しくお願いします」


師となる彼に頭を下げると、デンゼルはさらに笑みを深めた。


「こちらこそ、宜しくお願い致します」


その丁寧な所作を見て、学ぶことは多いだろうと自然に思った。


「それから……」


アディエルの声に視線を戻すと、彼はそっと私の手を取った。


「サハル王国を迎える夜会で、君を正式に婚約者として紹介したい」


胸がきゅっと締めつけられる。


今の私は、まだ口約束を交わしただけの存在だ。

社交の場で王族や貴族たちに紹介されて、初めて“正式な婚約者”として認められる。


――簡単には、後戻りできない。


緊張と不安に、胸がざわつく。

表情に出ていたのだろう。

アディエルは、握った手にそっと力を込めた。

まるで「大丈夫だ」と伝えてくれるように。

その温もりに、少しだけ気持ちが落ち着き、私は小さく微笑む。

すると、アディエルもまた、優しく微笑み返してくれた。


「夜会は、いつなの?」


公爵夫人としての教育が始まるということは、日程が決まったということだろう。

そう思って尋ねる。


「二週間後だよ」


「そっか、じゃあ……」


そこまで言いかけて、私はある重大なことに気づいてしまった。


突然固まった私を見て、アディエルが心配そうに声を掛ける。


「フィオナ?」


「……どうしよう……」


震える声に、アディエルは席を立ち、私の前に跪いた。


「どうしたの?」


「……私……私……」


「うん」


真剣な眼差しで、彼は黙って待ってくれる。


「踊れない……」


「え?」


「私、踊れないの……」


その言葉に、アディエルの動きが止まる。

伯爵家の令嬢がダンスを踊れないなど、想像していなかったのだろう。


控えていたデンゼルが、慌ただしく部屋を出ていく気配がした。

きっと、急いでダンス講師を手配しに行ったのだ。


「……まだ、二週間ある」


そう言うアディエルの声は、どこか自分に言い聞かせるようで。

私は申し訳なさで胸がいっぱいになり、ただただ小さくなることしかできなかったのだった。



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