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選ばれなかった、私たち  作者: おはよう


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50話


支度を終えた私は、大きな袋を抱えながら、使用人たちに昨日のお土産を配って回った。


昨日立ち寄った洋菓子店で買った焼き菓子。

受け取った皆が感激したように喜んでくれて、用意してよかったと心から思う。


けれど、誰もが私の顔を見るなり、いったん驚き、次に心配そうな表情になる。


……理由は、なんとなく分かっていた。


「……私、そんなにひどい顔してる?」


そばにいるレイラに小声で尋ねると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げる。


「できる限り、お化粧でお隠ししましたが……」


支度の際、鏡に映る自分を見て、私自身も驚いた。

目の下には、くっきりと色濃い“くま”ができていたのだ。


「……レイラは頑張ってくれたよ」


厚化粧にならないよう気を遣いながら、できるだけ薄く整えてくれていた。

それでも完全には隠しきれない。

朝まで起きていたのだから、自業自得としか言いようがなかった。


こんな顔でアディエルに会うのは気が引けたけれど、それ以上に、早くプレゼントを渡したかった。


……なにより、アディエルに会いたかった。



すべて配り終えると、私はアディエルの部屋の前に立つ。

レイラは気を利かせて、静かにその場を離れていった。


手にした小さな紙袋を、ぎゅっと握りしめる。

中には、刺繍を施したハンカチと、ネクタイピン。


急に緊張が押し寄せ、ノックをする姿勢のまま固まってしまう。

何度か深呼吸を繰り返し、意を決して軽く扉を叩いた。


「入って」


すぐに声が返り、私はそっと扉を開けた。


椅子に腰掛けたアディエルは、朝の静けさの中で書類に目を通していた。

眼鏡越しの横顔は柔らかな光に縁取られながらも、視線は鋭い。


シャツのボタンは途中までしか留められておらず、寝起きの名残を思わせる髪がところどころ跳ねている。


初めて見る姿に、心臓が跳ね上がった。


見入ったまま声をかけられずにいると、アディエルが口を開く。


「ミリアム、どうした……」


補佐官と勘違いしていたのだろう。

名を呼び、顔を上げた彼と視線がぶつかる。


数秒の沈黙の後、アディエルは勢いよく立ち上がった。


「フィ、フィオナ!?」


驚きながら、眼鏡を外し、無意識に手が髪へ伸びる。

跳ねた前髪を押さえ、何度か撫でつけてから、はっとしたように視線を落とした。


「……っ」


開いたままのシャツのボタン。

今さら気づいたように、慌てて留めていく。

耳まで赤くなっているのが、はっきり分かった。


「ご、ごめん。てっきりミリアムだと……」


「わ、私こそ。突然来ちゃって、ごめんね」


つられるように、私まで慌ててしまう。

先ほどの無防備な姿を思い出し、顔が熱くなった。



アディエルはひとつ咳払いをして、いつもの落ち着きを取り戻す。


「フィオナが来ると思わなかったから、驚いた」


「あの……お仕事中なら、また後で来るよ」


誰が入ってきたのかも分からない程集中していたのだ。

もしかしたら大事な用件だったのかもしれない。

私のせいで中断させてしまうのは申し訳なかった。


「大丈夫。切り上げるところだったから……おいで」


そう微笑まれてしまえば、断れない。

私はそっと彼のそばへ近づいた。


近くで私の顔を見るなり、アディエルは目を見開く。


「フィオナ、その顔、どうしたの?!」


両手でそっと頬を包まれる。


「えっと……ちょっと寝不足で……」


歯切れ悪く答えると、彼は苦しそうに表情を歪めた。


「……昨日、レオリオに会ったから?」


「え?!」


そう言われて、思わず声が出る。

そうだ、昨日私はレオリオに会ったのだった。


けれど、その後のアディエルとの時間が楽しくて、すっかり忘れていた。


…自分の中で、レオリオの存在が確実に小さくなっていることに驚いた。


心配してくれるアディエルを安心させたくて、私は彼の手に、そっと自分の手を重ねた。


「ううん。レオリオのせいじゃないよ」


「じゃあ、なんで……?」


「えっと……」


言いづらくて視線を彷徨わせると、彼の表情がさらに曇る。

これ以上不必要に心配させたくなくて、私は一歩離れ、紙袋を差し出した。


「?」


首を傾げながらも、アディエルは受け取ってくれた。


「あのね……いつもお世話になってるアディエルに、お礼をしたくて。その……プレゼント!」


一気に捲し立てると、彼は一瞬呆然とした後、驚いた顔になる。


「ぼ、僕に?」


「うん……開けてみて」


テーブルに置き、丁寧に中身を取り出す。

リボンを解き箱を開けたまま、アディエルは動かなくなった。


「……この刺繍、フィオナが?」


「うん。昨日、始めたら止まらなくなっちゃって……それで、寝不足」


「…………」


何も言わないアディエルに不安になりかけた、その瞬間。


アディエルは一歩近づき、強く私を抱きしめた。


「どうしよう……嬉しすぎて。まだ夢の中にいるみたいだ」


喜んでもらえたようで、ほっと胸を撫で下ろす。


私はふと、以前のやり取りを思い出し、アディエルの頬をそっとつねった。


「……痛い?」


「……痛い、です」


アディエルも思い出したのだろう。

当時の私の言葉を真似る。

そんなやり取りが可笑しくて、二人して笑で笑い合った。


笑いが収まると、アディエルは、優しく私の目の下に触れる。


「……寝不足にさせてしまって申し訳ないけど……本当に嬉しい。ありがとう、フィオナ」


「ううん。喜んでもらえてよかった。……あの、もうひとつあるんだけど…」


そう言って紙袋を指差すと、アディエルは驚いた様に、紙袋の中を確かめた。


そして、小さな箱を取り出し、やっぱり丁寧な手つきで包を開ける。


「これは…」


「えっと…アディエルに似合うかなと思って…」


アディエルはそっと箱からネクタイピンを手に取った。


ネクタイピンに留められたサファイアが、陽射しを受けて輝く。


サファイアと私を見比べるアディエルの姿に、恥ずかしくなって顔を伏せた。


やはり、瞳と同じ色の宝石を付けるのは良くなかったか…


そう思って目を瞑ると、アディエルの動く気配がした。


そっと視線を上げると、何故かアディエルはその場でしゃがみ込んでいる。


「ア、アディエル?」


声を掛け、近付こうとすると、アディエルはしゃがんだまま手を突き出し私の動きを制した。


「ちょっと、ごめん。今、僕の顔見ないで」


髪の間から覗く耳の先が、真っ赤になっている。

その様子が嫌がっている様には見えなくて、安心した。


「えっと…嫌、じゃなかった?」


何が、とは言えずそれでも確認したくて問いかけると、アディエルは勢いよく立ち上がり、再度私を抱きしめた。


「嫌なわけない!むしろ、君が…」


「え?私??」


私がなんなのか分からず、言葉を切ったアディエルに問いかけた。


「君が、昨日…ひよこに…」


ごにょごにょとはっきり言わないアディエルにますます首を傾げる。


「ひよこがどうしたの?」


そう声を掛けると、アディエルは一度ぎゅっと、抱きしめる腕に力を込めた。


「ひよこのネックレス、青い石が良いって言うから…」


「う、うん」


「君は、その、お互いの色を付けるのが…嫌なのかと思って…」


そう言って、そっと離れたアディエルの顔は赤くなっていたけれど、目は不安そうに揺れていた。


「えっと…嫌じゃ、ない…よ」


なんだか恥ずかしくなり、歯切れ悪く答えてしまった。

それでもアディエルは、安心したように身体の力を抜いた。


そんなアディエルの様子に勇気をもらい、私はポケットに手を入れて、中にはいっていたブローチを取り出した。


オリーブの枝を模したデザインに、翡翠の石。


なんとなく、彼に了承を取ったほうが良い気がして、持ってきていたのだ。


「……これ、着けてもいい?」


アディエルは、私の手のひらに乗せられたブローチを、そっと撫でた。


その表情は、心から嬉しそうに微笑んでいる。


「…もちろん」


その一言に、胸の奥がふっと軽くなった。


「綺麗なブローチだね」


「これね、店員さんがプレゼントしてくれたの」


昨日の温かなやり取りを思い出し、自然と笑みがこぼれる。


けれど、その言葉を聞いた途端、アディエルは私の肩に手を乗せ、真剣な眼差しで見つめてきた。


「?」


理由が分からず首を傾げると、彼は一瞬ためらうように視線を揺らし、それから慎重に口を開いた。


「その人……男?」


「え?!」


思いもよらない問いに、思わず声が裏返る。

けれどアディエルは、冗談めかすこともなく、静かな真剣さを保ったまま続けた。


「もし、その店員が男なら……その店には、もう行かせない」


……確かに。

お店の厚意とはいえ、公爵家の婚約者である私が、男性から贈り物を受け取るのは、外聞が良いとは言えない。


私は背筋を伸ばし、きちんとした声で答えた。


「大丈夫。店員さんは女性だから」


そう伝えると、アディエルは目に見えて安堵した表情になる。


「これからも、公爵家の外聞が悪くなるようなことは、しないように気を付けるね」


両手を握りしめ、決意を込めて告げると、アディエルは思わずといった様子で息を吐き、私の肩に軽く額を預けた。


「……そういう意味じゃないんだけど……」


その小さな呟きは、公爵家の一員として覚悟を固めた私の耳には、届かなかった。


ただ、彼の腕が少しだけ強く、名残惜しそうに私を引き寄せたことだけが、胸に残ったのだった



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