49話
「痛っ……」
刺繍を一針一針進めていると、思わず指先に針が当たった。
うっすらと血が滲み、慌ててハンカチに目を落とす。
「よかった……」
生地に赤は広がっておらず、胸をなで下ろす。
「フィオナ様、そろそろお休みになりませんと」
近づいてきたレイラが、手際よく指先の手当てをしてくれた。
その言葉に時計を見ると、すでに日付は変わっている。
集中していたせいで、時間の流れにまるで気づかなかった。
「レイラ、ごめんね。こんな時間まで付き合わせちゃって」
そう言うと、レイラは首を振りながらも、たしなめるような視線を向ける。
「私のことは構いませんが……もうお休みになってください」
確かに、目の奥がずきずきと痛む。
今日はもう、眠った方がいい。
途中まで刺繍の施されたハンカチを横目に見ると、名残惜しさが胸を掠めたが、このままレイラを付き合わせるわけにはいかなかった。
「続きは明日にするね。……レイラ、もう下がっていいよ」
そう告げると、レイラは疑うような目を向けてくる。
私は苦笑しながら首を振った。
「大丈夫。本当に、もう寝るから」
「……分かりました。どうか、ゆっくりお休みください」
一礼して、レイラは部屋を出ていった。
私はベッドと、出来かけのハンカチを見比べる。
……眠った方がいいのは分かっている。
けれど、アディエルに贈る瞬間を思い浮かべると、このまま手を止めることができなかった。
胸の中でレイラに謝りながら、私はそっと針を取り、再びハンカチに手を伸ばす。
結局、完成するまで刺繍を続け、ベッドに潜り込んだのは――鳥の鳴き声が聞こえ始めた頃だった。
「フィオナ様、朝でございます」
その声に、眠たい目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。
視界に入ったのは、呆れた表情のレイラだった。
机の上に置かれたハンカチを見て、私がいつ頃眠ったのか察したのだろう。
「……ごめんね、レイラ」
ばつが悪く謝ると、レイラはひとつ息を吐き、やがて柔らかく微笑んだ。
「フィオナ様が、あのまま続けられるだろうことは分かっておりました」
「……ははは」
子どもに戻ったような気持ちになり、私は笑うしかなかった。
「さぁ、早くお支度いたしましょう。……ハンカチをお包みしなくてはなりませんから」
そう言って、レイラがテーブルへ視線を向ける。
そこには、色とりどりの箱や包み紙が並べられていた。
夜のうちに完成することを見越して、用意してくれていたのだ。
「ありがとう……レイラ」
感謝を伝えると、レイラはわざとらしく両手を腰に当てる。
「今日は、必ず早くお休みいただきますからね」
その様子が可笑しくて、私たちは顔を見合わせて笑い合ったのだった。




