45話
午後、アディエルが手配してくれた馬車に乗り、レイラと共に買い物へ出掛けた。
移動中の馬車の中、レイラの生暖かい視線がひたすら痛い。
アディエルとのやりとりの最中、いつの間にか彼女は部屋を出ていたようで、直接見られなかったことには安堵したのだが……
こうしてにこにこと嬉しそうに微笑まれると、顔が熱くなった。
店に到着し、服などの買い物を終え、購入した品々を公爵家へ届けるよう店に伝えているレイラのそばへ、そっと近付いた。
「あの、レイラ」
声を掛けると、彼女は柔らかな笑顔を向けてくれる。
「どうかされましたか、フィオナ様」
「あのね……アディエルに、お礼をしたくて。何かいい物、あるかな……?」
そう言うと、レイラの笑みが一層深まった。
「それは、とても素敵なことですね」
「男性への贈り物なんて、したことがなくて……何がいいのか分からないの」
レオリオに贈ろうと思ったことはあった。
けれど、照れくささから一歩を踏み出せないまま、気付けばセレーナが自然に贈り物をしている姿を目にし、いつの間にか諦めてしまっていた。
そんな姿を近くで見ていたレイラは、一瞬だけ複雑そうな表情を見せたが、すぐに穏やかな微笑みに戻る。
「でしたら、身に付けられる物はいかがでしょう」
その提案に頷き、二人で店を出た。
訪れたのは、紳士向けの装飾品を扱う店。
初めて足を踏み入れる空間に、少しだけ背筋が伸びる。
ネクタイやカフスなど色とりどりの品が並び、どれにしようか迷ってしまう。
けれど、ひとつひとつを見ながら、アディエルが着けたらどんな風になるだろうと想像するのは、ワクワクしてなんだかくすぐったかった。
「ハンカチに刺繍をして贈るのも、よろしいかと思いますよ」
レイラの助言を受け、ハンカチを見せてもらう。
上質な絹の中から、淡い緑色の一枚を選んだ。
アディエルの髪色に似た茶色の糸で刺繍を施せば、きっとよく映える。
包みを待つ間、何気なく店内を見回していると、宝飾品のガラスケースの前で足が止まった。
金色のオリーブの枝を模したネクタイピン。
その柔らかな輝きが、どこかアディエルに重なって見えた。
「こちら、お好きな宝石をお付けできますよ」
女性の店員さんが見ていたネクタイピンをガラスケースから取り出し、渡してくれた。
よく見るとオリーブの葉の部分にくぼみがあり、そこに宝石を付ける事が出来るらしい。
「恋人への贈り物ですか?」
「……婚約者へ、贈ろうかと」
その言葉を口にするだけで、顔が熱くなる。
「婚約者様への贈り物でしたら、サファイアの宝石をお付けしたら喜ばれると思いますよ」
「え?なにか意味があるんですか?」
問いかけると、店員は声を落として囁いた。
「お嬢様の瞳の色ですから」
「あ…」
以前、自分もレオリオの瞳の色を意識してリボンやドレスを選んでいた事はあったが…
アディエルが私の瞳の色を身に着けてくれるか、不安になる。
そんな不安が顔に出ていたのか、店員さんは悪戯っぽい笑顔で囁く。
「もし、身に着けるのを嫌がったら、ここに連れてきてください。私の嫌味攻撃をお見舞いしてさしあげます」
そう笑う店員さんは、その婚約者がこの国の公爵家嫡男と知ったらどうするのだろう?
そう思ったが、店員さんの笑顔を見ていたら、そんな事は気にせず本当に“嫌味攻撃”をしてくれる気がしてきた。
くすくすと笑うと、店員さんにこのネクタイピンも包んでもらうことにした。
…サファイアの宝石をつけて。
暫くすると、店員さんが包みを持って戻ってきた。
「お買い上げ、ありがとうございます。それと、こちらは私からのプレゼントです」
そう言って、差し出された箱にはシンプルなブローチが収められていた。
金色でオリーブの枝を模していて、先ほど購入したネクタイピンに、どこか似ている。
そして、枝の部分に寄り添うように翡翠が一つ嵌められていた。
「これは…?」
「女性向けのブローチなんですが、うちのお店に置くにはちょっと合わなくて。なので、私からお嬢様へ来店していただいた記念です」
「いいんでしょうか…」
店員さんの好意が嬉しくも、申し訳ない気持ちになる。
「ええ。そのかわり、婚約者様へのプレゼントは今後も当店にお任せください」
そう言ってウィンクをする店員さんの愛嬌に、自然と笑顔になる。
「では、有り難くいただきます」
お礼を伝え、ブローチを受け取った。
…それにしても、何故翡翠なのか。
視線で問いかけると、店員さんは内緒話をするように、囁いた。
「ランフォード小公爵様の瞳は、美しい翡翠色ですからね」
驚いて店員さんを見るが、「ふふふ」と笑うだけだった。
商売柄、色々な情報が耳に入ってくるのかもしれない。
私は深くは聞かず、小さく頷いて店を後にした。
その後も買い物を続け、公爵夫妻や屋敷の使用人達へのお土産を揃えて帰路につく。
アディエルに贈り物を渡す瞬間を想像すると、自然と足取りが軽くなった。
――その時。
「フィオナ?」
聞き慣れた声に、心臓が跳ねる。
私は、ゆっくりと振り返った。




