42話
渡された紙には、使節団を迎えるために必要な準備品や晩餐のメニュー、滞在中のスケジュールなどが、細かく記されていた。
ひと通り目を通し、顔を上げると――
三方向から、期待に満ちた視線を向けられていることに気付き、胸が少し強張る。
本当に口にしていいのだろうかと迷いながら、それでも意を決して口を開いた。
「……気になったことが、いくつかあります」
「気軽に話してみて」
不安を察したのか、アディエルが穏やかに促してくれる。
ひとつ息を吸い、言葉を選びながら話し始めた。
「サハル王国で信仰されている宗教では、鶏肉を口にしません」
「ああ、だから牛肉と豚肉を中心にしたメニューにしたんだ」
公爵様の鋭い視線に、一瞬たじろぎそうになる。
けれど、指先に力を込め、そのまま言葉を続けた。
「はい。ただ……ベリオン王国の料理は、色彩豊かなものが多いです。調理されると、何の肉か判別しづらくなります」
「……なるほど」
公爵様は顎に手を当て、頷いた。
「我々は馴染みがあるから分かるが…客人にとっては配慮に欠けるな。」
「なら、魚中心に変更しましょう」
アディエルがすぐに続ける。
「海に囲まれたサハル王国なら、魚料理にも親しみがあるはずです」
私の意見を受け止め、公爵様が判断し、アディエルが即座に別案を出す。
その流れに、胸の奥でそっと安堵の息を吐いた。
夫人が、優しく微笑んで頷いてくれる。
――大丈夫だ、と静かに背中を押されているようだった。
「他にはあるかな?」
公爵様にそう問われ、今度は先ほどよりも落ち着いて答えることができた。
「はい。サハル王国では、一日に二度のお祈りの時間をとても大切にしています。ですので、スケジュールにも配慮が必要です」
「時間は?」
すかさずアディエルが尋ねる。
「この季節なら、朝六時と夕方五時頃かな」
「季節で時間が変わるなら…日出と日没に関係している?」
「うん。日出の少し前からと、日没の少し後に」
「……なら、部屋割りも見直した方がいいな」
「特に朝のお祈りを重視するから、東向きに窓がある部屋がいいと思う」
そう告げると、アディエルは迷いなく紙に書き込みを始めた。
「それと、お祈りの際には蜂蜜酒を使うから、各部屋に用意した方がいいと思う」
その言葉に、アディエルは一瞬目を閉じ、考え込む。
「……なら、蜂蜜酒はサハル王国から取り寄せよう」
「王国内でも手に入るのに?」
決して珍しい品ではないはずだ。
疑問に思い口にすると、公爵様が意味ありげに笑った。
「祈りに使う蜂蜜酒を本国から大量に取り寄せる。それだけで、彼らの文化を尊重していると伝わる」
そして、ゆっくり頷く。
「……いい案だ」
友好関係であっても、配慮と示し方には意味がある。
尊重の姿勢は、言葉よりも行動で示すものなのだろう。
その後も、気付いた点を私が伝え、アディエルが応じるというやり取りが続いた。
一緒に悩み、考え、答えを見つけていく時間に胸が高鳴る。
――父が与えてくれた知識が、今、確かに役に立っている。
そう実感できたことが、何より嬉しかった。
ひと通り話し終え、ふと顔を上げると、公爵夫妻が温かな眼差しで私たちを見守っていることに気付く。
「ふふふ……隠居生活も、もうすぐかしらね」
夫人が冗談めかして笑うと、公爵様も頷いた。
「ああ。まずは旅行にでも行くか」
「いいですね。どこの国にしましょう」
楽しそうに将来の話を始める夫妻に、アディエルが即座に口を挟む。
「お二人の旅行より、僕とフィオナの新婚旅行が先ですよ」
――新婚旅行。
その言葉に、胸が跳ね上がる。
まだ結婚式の日取りすら決まっていないのに、新婚という言葉に顔が熱くなった。
公爵夫妻とアディエルが笑い合いながら言葉を交わしているが、私は鼓動を抑えるのに必死で、ほとんど耳に入ってこなかった。
胸の奥に、くすぐったくて甘い余韻を残したまま――
その日の執務室は、穏やかな笑い声に包まれていた。




