41話
レイラと一通り喜びを分かち合ったあと、アディエルに改めてお礼を伝えたくて姿を探していると、マーシャが公爵様の執務室にいると教えてくれた。
執務室の前まで来てみたものの、仕事の話をしているかもしれないと思うと、訪ねていいものか迷ってしまう。
そんな私の背後から、執事のデンゼルが声を掛けてくれた。
「フィオナ様でしたら、いつでも歓迎されますよ」
その一言に背中を押され、控えめにノックをする。
すぐに返事があり、扉が開くと、アディエルが微笑んで迎えてくれた。
「フィオナ、入って」
その表情に、思わずほっと息を吐く。
部屋に入ると、公爵夫妻も揃っており、自然と背筋が伸びた。
「ちょうどフィオナを呼びに行こうとしていたんだ」
そう言いながら、アディエルがソファへ案内してくれる。
どんな用件なのかと一瞬不安になるが、夫妻もアディエルも穏やかな表情だ。
悪い話ではなさそうだと分かり、内心で安堵する。
つい先に不安を抱いてしまうのは、私の長年の癖なのだろう。
「近く、サハル王国の使節団を迎える予定でね」
公爵様はそう言いながら、数枚の紙を差し出した。
私が見て良いものかと逡巡するが、公爵様が微笑んで頷いてくれたので、そっと受け取った。
――サハル王国。
長くどこの国とも国交を結ばずにいた、海と砂漠の国。
国家間の戦争が国際的に禁止された現在、戦争で利益を得ていた勢力の影響により、内戦を抱える国は少なくない。
サハル王国も、その一つだった。
しかし、我がベリオン王国の支援により内戦は終結し、初めて国交が結ばれたと聞く。
武器の原料である銀や銅よりも、シルクや香辛料といった嗜好品の価値が高まる昨今。
サハル王国は内政安定の支援を、ベリオン王国はそれらの独占輸入権をこの国交で得たのだ。
「サハル王国との国交締結の立役者は、公爵様と伺いました」
そう伝えると、公爵様は嬉しそうに頬を緩めた。
すると、アディエルが不満そうに口を挟む。
「サハル王国の王子と歳が近いからって、僕を表に引っ張り出して、後ろからあれこれ注文をつけていただけじゃないですか」
「……アディエル、無粋だぞ」
そんな父と息子のやり取りに、思わず笑みがこぼれる。
ランフォード公爵家は、代々外交府の職に就き王国を支えてきた家だ。
今は公爵様が長官として、アディエルが次官として務めている。
以前、アディエルは仕事への不安を口にしていた。
けれど、こうして話を聞いていると、彼は十分にその役目を果たしているのだと感じる。
「それでね」
アディエルが話を引き継ぐ。
「友好関係維持のため、サハル王国の使節団を迎えるんだけど……初めて迎える国で、情報が少ないんだ」
それで、なぜ私が呼ばれたのかは分からない。
「フィオナさんは博識だと聞いている。何か気づくことがあればと思ってね」
私の疑問を察した公爵様が、そう補足してくれた。
けれど、私は首を横に振る。
「……私の知識は、本から得たものがほとんどです。お役に立てるかどうか……」
不安を口にすると、夫人が柔らかく笑う。
「気負わなくていいのよ。知っていることを話してくれれば、それで十分。あとはアディエルが何とかするから」
「……“何とかする”のは、本来父上の役目では?」
即座に突っ込むアディエルに、夫妻は声を上げて笑った。
アディエルは私に視線を向け、穏やかに微笑む。
「書かれていることを読んで、少しでも気になる点があれば教えてほしい。それだけでいいんだ」
そう言って、私の手元の紙を指し示す。
“それだけ”と言われても、責任は小さくない。
思わず背筋が伸びた。
それでも――。
ここまで貰った恩を少しでも返したい。
私は静かに紙に目を落とす。
この場所で、この人たちの傍で、私にも出来ることがあるのなら。
胸の奥に、小さな決意の灯がともるのを感じながら、私は一行一行、丁寧に読み進めていった。




