40話
朝、マーシャの声で目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しく、思わず目を細める。
そんな私の様子に、マーシャが心配そうに声を掛けてくる。
「あらあら、寝不足ですか?」
「少し寝付けなくて。でも、大丈夫です」
まさか、アディエルのことを考えて眠れなかったとは言えず、笑って誤魔化した。
けれどマーシャは「ふふふ」と意味ありげに笑っている。
……もしかしたら、顔に出てしまっているのかもしれない。
急に恥ずかしくなり、いつもより素早く身支度を整える。
面白そうに見守るマーシャの視線が少し痛いが、気づかないふりをした。
そんな慌ただしい支度が終わると、扉をノックする音が響く。
返事をすると、入ってきたのはアディエルだった。
「フィオナ、おはよう」
「おはよう、アディエル」
こうして朝の挨拶を交わすだけで、どこかくすぐったい。
「フィオナにも専属のメイドが必要だと思ってね。新しく雇ったんだ」
「え?」
思わず声が出る。
もしかしてマーシャに無理をさせていたのでは、と慌てて彼女を見るが、マーシャは穏やかに微笑み、首を振ってくれた。
それでも、私が公爵家に留まることになり、急遽手配させてしまったのではと思うと、申し訳なさが募る。
「そんな顔しないで」
アディエルは、私の考えを見透かしたように笑った。
「だって……申し訳ないもの」
眉を下げて俯くと、彼はそっと私の頭を撫でる。
「とにかく、新しいメイドを紹介させて」
そう言って、扉の外へ声を掛けた。
その声に応えるように、部屋へ入ってきた人物を見て――私は目を見開いた。
「……レイラ?」
そこに立っていたのは、伯爵家で仕えてくれていたメイド、レイラだった。
「おはようございます、フィオナ様」
その笑顔に、気づけば駆け寄っていた。
「どうして……レイラが、ここに?」
「言っただろう?“任せて”って」
振り向くと、アディエルが楽しそうに笑っている。
まるで悪戯が成功したような表情だった。
「積もる話もあるだろうし、僕たちは失礼するよ」
そう言い残し、アディエルはマーシャと共に部屋を後にした。
信じられない思いでレイラを見つめていると、彼女は静かに一礼する。
「公爵家にて、フィオナ様にお仕えさせていただきます。レイラでございます。……よろしくお願いいたします」
顔を上げた彼女は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
「レイラ……どうして?」
問いかけると、レイラは穏やかに説明してくれる。
「小公爵様が伯爵家へ、フィオナ様とのご結婚についてお話に来られた際、公爵家で働かないかと声を掛けてくださったのです」
エルを託された話は聞いていたが、まさかその時に、そんな話までしていたとは思わなかった。
「でも……レイラは、それで良かったの?」
心配になって尋ねると、彼女は優しく微笑む。
「実は、フィオナ様が公爵家へ嫁がれると知った時、どんな仕事でも構わないから、公爵家に雇ってもらおうと思っていたんです」
その言葉に、さらに驚く。
長年伯爵家で積み上げてきたものを、迷いなく手放そうとする彼女の覚悟に、言葉を失った。
「私は、フィオナ様に末永くお仕えすると……そう、心に決めておりましたから」
胸がいっぱいになり、思わずレイラに抱きつく。
彼女も、そっと抱き返してくれた。
伯爵家では、多くのメイドがセレーナに仕えることを望んでいた。
だからレイラも、本当はセレーナ付きになりたかったのだろう――そう思い込んでいた。
けれど、今までの彼女の言動を思い返せば、いつも私の味方でいてくれたことに、ようやく気づく。
……自分自身が、偏った見方をしていたのだと、改めて思い知らされた。
「……受け入れて、いただけますか?」
「当たり前じゃない」
そっと身体を離し、彼女の顔を見る。
「ありがとう、レイラ」
そう伝えると、彼女の目には薄く涙が浮かんでいた。
――そして、それは私も同じだった。




