39話
公爵夫妻と話を終えた後、アディエルは私を部屋まで送ってくれた。
扉を閉め、改めて室内を見渡す。
今まで気づかなかったが、ここに誂えられた家具はどれも、伯爵家で使っていたものとよく似た色合いだった。
「……もしかして、家具も揃えてくれたの?」
そう問いかけると、アディエルは少し困ったように苦笑する。
否定しない、と言うことはそういう事なのだろう。
「強引かな、とも思ったんだけど……」
言葉を切り、彼はそっと私の頭を撫でた。
「あの家から、フィオナを連れ出したかったんだ」
「……ありがとう」
驚きはしたけれど、素直に嬉しかった。
伯爵家を離れたことで、胸の奥に溜まっていた息苦しさが、少しずつ薄れていくのを感じる。
私が微笑むと、アディエルも穏やかに微笑み返してくれた。
「ゆっくり休んでね」
そう言い残し、彼は部屋を後にする。
静かに残る余韻が、心地よく胸に広がった。
大きく息を吐き、ベッドに腰を下ろす。
そばに置かれていたクマのぬいぐるみを、そっと抱きかかえた。
今日も、いろいろなことがあった。
母の言葉、それを当然のように受け止めるセレーナの態度。
伯爵家では当たり前だったはずの光景が、ここではどこか歪んで見え、強い違和感として胸に残る。
そして、父の言葉。
舞踏会の夜も守るように側にいてくれたけれど、改めて向けられた父の愛情が、胸を温かく満たした。
「……伯爵家にいたら、気づけなかったことがいっぱいあるわね」
クマに話しかけると、どこか微笑んでいるように見えた。
その表情が、ふとアディエルと重なる。
「……あなたにも、名前が必要よね」
『クマ』では、さすがに味気ない。
「アディ……は、やめておきましょう」
自然な仕草でアディエルの腕に触れていたセレーナの姿を思い出し、胸に苦いものが広がった。
「うーん……アディエル……ディエール? ディー……」
声に出して考えてみるが、どれもしっくりこない。
「……エル……エル。うん、エルにしよう」
ようやく腑に落ちる名前に辿り着き、嬉しくなってクマの目を見る。
「あなたは今日からエルよ。よろしくね、エル」
頬を擦り寄せると、ふわふわの毛並みがくすぐったかった。
ひとりでクマ…改めエルと戯れていると、マーシャが寝支度のために部屋へ入ってくる。
寝衣に着替え、布団に入ると、温かく心地よかった。
「ゆっくりお休みくださいね」
そう言って、マーシャは静かに部屋を後にした。
「おやすみなさい、エル」
そっとエルの頭に口づけた瞬間、アディエルの顔がふいに浮かび、思わず頬が熱くなる。
首を振って追い払おうとしても、優しい笑顔はなかなか消えてくれない。
――こうして私は、眠れぬ夜を過ごすことになった。




