38話
食堂に戻ると、温かな紅茶が用意されていた。
一口含むと、ほんのりとした甘さが広がり、張り詰めていた気持ちがゆっくりとほどけていく。
淹れてくれたマーシャの心遣いが、胸に沁みた。
四人でお茶を楽しんでいると、公爵様と夫人がそっと視線を交わし、静かに頷き合う。
何かあるのだろうかと様子を窺っていると、公爵様が口を開いた。
「フィオナさん。もし君がよければ、このまま公爵邸で過ごすのはどうだろう?」
「いずれ公爵夫人としての務めを覚えてもらうことになるでしょうし……ここにいたほうが、何かと都合もいいと思うの」
夫人が微笑みながら言葉を添える。
いずれは伯爵家に戻るつもりでいた私は、思いがけない提案に戸惑う。
どう答えるべきか分からず、アディエルに視線を向けると、彼はにこやかに微笑み、私の手をそっと取った。
「これから僕も、父の仕事を引き継いでいくことになる。……そのとき、フィオナが側にいてくれたら心強い」
握られた手は温かく、彼の気遣いがそのまま伝わってくるようだった。
それでも迷いが拭えず視線を彷徨わせていると、アディエルは握った手を優しく撫でる。
「それに単純に、両親は君ともっと話したいだけだと思うよ」
そう言って笑う彼に背中を押されるように、私は小さく頷いた。
「……ご迷惑でなければ」
その言葉を聞いた瞬間、夫人の表情がぱっと明るくなる。
「迷惑なものですか! ふふふ、楽しくなりそうね」
隣で公爵様も、穏やかな微笑みを浮かべて頷いてくれた。
夫妻の温かな気遣いに、胸の奥がじんわりと温まる。
「アディエル、無駄にならずに済んでよかったな」
意味深な公爵様の言葉に、思わずアディエルへ視線を送ると、彼は困ったように笑っていた。
「アディエル?」
問いかけると、彼は降参したように両手を上げる。
「実は……君がこのまま公爵家で暮らせるようにって提案したのは、僕なんだ」
「え?」
「本当は今日、伯爵夫妻にも伝えるつもりだったんだが……また日を改めよう」
そう話す公爵様の言葉に、家族の態度を見て気遣って提案してくれたのかと思ったが、どうやら話はもっと前から進んでいたらしい。
「ふふふ。フィオナさんが来る前から、アディエルは部屋の準備をしていたのよ」
夫人の言葉に、あてがわれた部屋に揃っていた服のことを思い出す。
全てが私のサイズにぴったりだったのは、最初から私のために用意されていたからだったのか。
アディエルを見ると、少し照れたように、どこか気まずそうな表情をしていた。
「……君を、守りたかったんだ」
その小さな呟きが、胸いっぱいに広がる。
自分が思っている以上に、大切に想ってくれていることが嬉しかった。
私はそっと彼の手を握り、その瞳を見つめる。
「アディエル、ありがとう」
胸の中に溢れる感謝がすべて伝わるよう願いを込めて告げると、アディエルは優しく、穏やかに微笑んでくれた。




