31話
涙が引くと、ふとある疑問が胸に浮かんだ。
手にしたクマのぬいぐるみを指先で弄びながら、私はアディエルを見上げる。
「この子……どうして、ここに?」
問いかけると、アディエルは一瞬だけ視線を彷徨わせた。
「……実は、昨日ソラリス家に行ってきたんだ」
「昨日?!」
思わず声が裏返る。
昨日、私が部屋に戻った頃には、すでに日が落ちていた。
他家を訪ねるには、少し遅い時間だ。
そんな思いをそのまま視線に乗せると、アディエルは少しばつが悪そうに笑った。
「プロポーズする前に、君のご両親に挨拶をしておこうと思って」
「……別の日でも、よかったんじゃ……」
時間なら、いくらでもあったはずだ。
「……頭に血が上ってたんだよ」
その言葉に、胸がちくりと痛んだ。
もしかしたら彼も、レオリオとセレーナの姿に傷ついていたのかもしれない。
それなのに私は、また彼に甘えるばかりで、気持ちを思いやることができなかった。
「フィオナ」
俯いてしまった私の頭を、アディエルはそっと撫でる。
恐る恐る顔を上げると、そこには変わらぬ穏やかな微笑みがあった。
「何を考えてるか分からないけど、僕が怒ったのは、君が蔑ろにされたからだよ」
「……え?」
思いもよらない言葉に、思わず目を瞬かせる。
「君の怪我を心配もしないセレーナと、怪我を悪化させたレオリオに、腹が立ったんだ」
付け加えるように「それだけじゃないけどね」と肩をすくめる。
「思い立ったらすぐ行動するところ、きっと両親譲りなんだ」
そう笑うアディエルの言葉に、昨日の朝食の光景が脳裏をよぎる。
すぐに伯爵家へ遣いを出した公爵様と、お茶会の準備を始めた公爵夫人。
「……確かに、そっくりかも」
可笑しくなって、思わず小さく笑うと、アディエルはほっとしたように私を見つめた。
「とにかく、伯爵家に行ったら、メイドがこのクマを持ってきてくれたんだ」
メイド――きっと、レイラだ。
数日しか離れていないのに、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「フィオナのこと、すごく心配してたから…『任せて』って伝えてきた」
「……任せて?」
問い返すと、アディエルは意味深に微笑むだけだった。
「さあ、それじゃあ行こうか」
「行くって……どこに?」
次の瞬間、また抱き上げられる。
「ランフォード公爵と公爵夫人のところへ」
その言葉に、公爵夫妻にこの姿を見られるのか…と想像し、恥ずかしさで顔を伏せるのだった。




