30話
温室の花々を眺めていると、アディエルが戻ってきた。
その手には、色とりどりの花で作られたブーケが抱えられている。
「……?」
不思議に思い、その様子を目で追っていると、穏やかに微笑んだアディエルは、そっと私の前に跪いた。
「アディエル……?」
意図が分からず、困惑して声をかける。
けれど、アディエルは何も言わず、ただ静かに私を見つめている。
やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「フィオナ……フィオナ・ソラリス伯爵令嬢」
いつもとは違う、その呼び方。
どうしていいか分からないのに、視線だけは逸らせず、互いに見つめ合う。
「僕と……結婚してくれますか?」
言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
彼は今、何と言ったの……?
一拍置いて、その言葉が胸に落ちた瞬間、思わず目を見開く。
「な、何を言っているの、アディエル……」
声が震える。
「プロポーズだよ」
プロポーズ?
アディエルが……私に?
確かに、最初に結婚の話を口にしたのは私だった。
けれど――彼に相応しいのは、私じゃない。
戸惑いが伝わったのか、アディエルは困ったように微笑む。
まるで、舞踏会の夜と同じように。
「……フィオナ。僕たちの間に、燃え上がるような恋心はないかもしれない」
静かに、噛みしめるように語りかけてくる。
「でも、僕は君を大切にしたいと、ずっと思っていたんだ」
「ずっと……?」
頷くアディエルに、いつもそばに寄り添ってくれた彼の姿を思い出す。
レオリオとセレーナの姿に傷付く私を慰めてくれたのは、いつもアディエルだった。
レオリオに振り向いてもらえないことばかりを嘆いていたけれど、
私自身もまた、レオリオだけを見つめ、アディエルの存在を蔑ろにしていたのだ。
そう気づくと、ますます自分が彼に相応しくない気がしてしまう。
「私なんて……」
そう言いかけた瞬間、アディエルは人差し指をそっと私の唇に当てた。
「フィオナ。僕は、君だから大切にしたいと思ったんだよ」
「でも……」
なおも言葉を続けようとすると、アディエルはポケットを探り、私の前に小さなクマのぬいぐるみを差し出した。
一緒に出かけたあの日、射的で取ってくれた小さなクマ。
伯爵家にあるはずなのに、と驚いて目を丸くする。
「ボクハ、フィオナノ、イイトコロ、タクサンシッテルヨ」
あの日と同じ、少し不器用な声色。
思わず、ふっと笑みがこぼれた。
「あ、今日は笑ってくれた」
アディエルはやっぱり恥ずかしいのか、少し顔を赤くしていた。
受け取ったクマのぬいぐるみを、そっと胸に抱く。
そこに詰まった彼の優しさが、じんわりと伝わってくる気がする。
――いいのだろうか。
私でも。
セレーナのように美しくもない。
“ソラリス伯爵家の、ぱっとしない妹”。
そんな私でも。
恐る恐る視線を上げると、アディエルは変わらず優しく微笑んでいた。
その眼差しが、迷う私の背中を、そっと押してくれる。
「……私で、よければ」
小さく呟くと、アディエルは私の短い髪を、そっと耳に掛けてくれた。
「僕は、フィオナがいいんだ」
その声は、とても優しくて。
とても温かくて。
堪えていた想いが溢れ、涙がひとつ、頬を伝ってこぼれ落ちた。




