28話
アディエルに身を委ね、どれほどの時間が過ぎたのだろう。
ほんの一瞬だったようにも感じるし、永遠のようにも思えた。
そっとアディエルの手から離れると、足に鋭い痛みが走り、思わず顔を歪める。
先ほどレオリオに引き寄せられた拍子に、挫いた足をさらに痛めてしまったのだろう。
そんな私を見て、アディエルは何も言わず、そっと抱き抱えた。
断ろうとして顔を上げたが、そこには思いのほか真剣な眼差しがあり、言葉は喉の奥で止まってしまった。
部屋に着くと、彼は静かに私をベッドへ座らせる。
先ほどから一言も発しないアディエルが気になり、そっと様子をうかがうが、黙々と手当をする彼の表情は見えなかった。
(……さすがに、面倒だって思ってるかな)
そもそも、この怪我だって、子どものように逃げ出した私のせいだ。
それなのに手当までさせて、公爵家に居座っている私に、うんざりしてもおかしくない。
やはり、あの時セレーナ達と帰ったほうが良かったのだろうか。
先ほどのレオリオの言葉が、脳裏に蘇る。
『セレーナの妹だからと、よくしてくれるアディエルに迷惑だろう?』
――そうなのだろうか。
アディエルも、私が“セレーナの妹”だから、こうして置いてくれているだけなのだろうか。
私がここにいれば、セレーナとの関わりが続くから……。
そこまで考えて、止めた。
アディエルが、そんな人ではないことを知っている。
自分勝手な理由で人に手を差し伸べる人ではないと、分かっている。
だって――
手当をする彼の指は、こんなにも優しい。
それなのに、彼を疑う自分の心の狭さが、たまらなく嫌になった。
気を緩めたら、きっと涙が零れてしまう。
喉の奥に力を込めて、必死に堪える。
新しい包帯を巻きながら、アディエルがぽつりと呟いた。
「……ごめん」
その言葉の意味が分からず、私は何度も首を振った。
口を開けば泣いてしまいそうで、声を出すことができなかった。
ふと、アディエルが顔を上げる。
視線が絡んだ、その瞬間だった。
必死に耐えていたものが、堰を切ったように溢れ出す。
涙が、頬を伝って零れ落ちた。
アディエルは一瞬、何かに耐えるように顔を歪め、それからそっと私の涙を拭った。
その手つきは、やはり優しくて――
私はもう、涙を止めることができなかった。
これ以上、彼を困らせたくないのに。
声を殺して泣く私に、アディエルは何も言わず、ただ静かに寄り添ってくれた。




