26話
夫人とのお茶会は、日が傾く頃まで続いた。
流行りの菓子の話や本の話など、話題は尽きず、時を忘れて語り合った。
なかでも盛り上がったのは、アディエルの話だった。
幼少期の悪戯の話。
反抗期の頃の話。
どれも微笑ましく、私は笑いを堪えることができなかった。
夫人は爵位の違いなど少しも気に留めず、気さくに接してくれる。
その距離の近さが、心地よかった。
部屋に戻り、夫人との会話を思い返していると、控えめなノックの音がした。
「はい」
返事をすると、扉が開き、アディエルが顔を覗かせる。
「フィオナ、ただいま」
そう言って微笑む彼に、私も自然と笑顔を返した。
「おかえりなさい」
その言葉を聞いたアディエルは、少し照れたような表情になる。
「うん……なんか、良いね」
何が“良い”のかは分からなかった。
けれど、二人の間に流れる空気は、確かに穏やかで心地よかった。
「母とのお茶会はどうだった? 変なこと、言われてない?」
心配そうに尋ねられ、思わず夫人が語ってくれた話を思い出して微笑む。
「ん?」
「楽しいお話を、たくさん聞いたの」
不思議そうな顔をするアディエルに、子どもの頃の話を伝えると、彼はばつが悪そうに眉を寄せた。
「……まったく。フィオナに知られるなんて」
「嫌だった? 私は、知らなかった一面を知れて嬉しかったけど」
くすくすと笑うと、アディエルは困ったように微笑み、わざとらしく肩をすくめる。
「フィオナが楽しそうなら、良しとしよう」
顔を見合わせて笑っていると、再び控えめなノックが響いた。
怪訝そうに眉を寄せたアディエルが、私の代わりに扉へ向かう。
そこに立っていたのは、執事のデンゼルだった。
「坊ちゃま、お客様がお見えでして……」
デンゼルは一瞬こちらに視線を向け、アディエルに耳打ちする。
その瞬間、アディエルの表情が険しく変わった。
「……僕が伝える。下がっていいよ」
そう言って扉を閉め、アディエルは私のもとへ戻ってくる。
険しい表情のままで、胸がざわついた。
「フィオナ……セレーナが訪ねてきた」
「セレーナが?」
思いがけない名前に、思わず身体に力が入る。
そんな私の手を、アディエルがそっと握った。
「……それから、レオリオも一緒だ」
「…………」
その名を聞いた瞬間、言葉を失った。
どうして、二人が揃ってここに?
公爵家で温められていた胸の奥が、すっと冷えていくのを感じる。
「会いたくなければ、僕が要件を聞いてくるよ」
俯いていた視線を上げると、そこには包み込むように優しい笑顔があった。
「……ううん。二人に、会うよ」
ゆっくりと首を振って答えると、アディエルの顔に心配の色が浮かぶ。
その表情を見て、ふと――甘えてもいいのだろうか、と思った。
「……アディエル。一緒に、いてくれる?」
その一言で、彼の表情がわずかに変わる。
どこか嬉しそうに見えたのは、きっと私の都合のいい錯覚。
「僕は、いつでもフィオナの味方だよ」
そう言って、握っていた手に力を込める。
まるで勇気を分け与えるように。
――私は一人じゃない。
冷えかけていた胸の奥が、静かに温もりを取り戻していくのを感じていた。




