幕間
他愛ない話を続けているうちに、静かな寝息が聞こえてきた。
そっと顔を覗き込むと、フィオナは穏やかに眠っている。
安心した様なその表情に、胸の奥に溜めていた息が、静かにほどけていく。
思わず頬に触れると、フィオナはくすぐったそうに身を捩った。
その仕草がいつもより幼く見えて、思わず小さく笑みが零れる。
短くなった髪に手を伸ばすと、さらりと指の間をすり抜けた。
――どんな思いで、この髪を切ったのだろう。
想像しただけで、胸がきしむように痛んだ。
セレーナとレオリオのことを知ったのは、舞踏会の前日だった。
セレーナへの恋心が終わったことよりも、傷つくフィオナの姿を思う方が、ずっと胸に重くのしかかった。
(本当は……見せたくなかったんだ)
貴族として出席の義務がある、宮殿での舞踏会。
あの場にいれば、いずれフィオナはセレーナとレオリオのことを知ってしまうだろう。
その前になんとか連れ出せないか。
そんな思いで、挨拶もそこそこに、会場中を探し回った。
けれど、一歩遅かった。
絶望に染まったフィオナの表情が、今も目に焼き付いている。
――あんな顔、させたくなかったのに。
いつからだろう。
僕の視界の中心が、セレーナからフィオナへと移っていたのは。
レオリオに向けられる、期待と落胆。
会うたびに変わる、髪に結ばれたリボン。
一心にレオリオを見つめるフィオナの姿。
そして、決して視線が返されることのない、その瞬間。
――まるで、かつての自分を見ているようで、目が離せなかった。
幼い頃に出会い、花のようなセレーナに惹かれた。
けれど彼女は、花というより蝶のような人だった。
多くの人に囲まれ、無邪気に笑い、花の周りを舞い飛ぶ蝶。
離れたと思えば、気まぐれに戻ってくる――そんな存在。
彼女が、ひとつの場所に留まることはなかった。
振り向いてほしくて、気を引きたくて、いろいろなことをした。
けれど、願いが叶うことは一度もなかった。
期待しては落胆し
その後に湧き上がる、理不尽な怒りと自己嫌悪。
その繰り返しの中で、僕は彼女への想いを手放した。
――完全に消えることは、なかったけれど。
フィオナを見ると、どうしても過去の自分と重なり、優しくしてあげたくなった。
フィオナ自身も否定する彼女を
僕だけは、受け入れてあげたかった。
もしかしたら僕は、フィオナを通して
かつて受け入れられなかった自分自身を、慰めているのかもしれない。
そんな思考に沈んでいると、「ん……」と小さな声が聞こえ、現実に引き戻される。
彼女の髪を撫でている手に、起こしてしまったかと顔を覗く。
けれど、そこには変わらない、穏やかな寝顔があり安堵した。
そっと立ち上がり、部屋を見渡す。
フィオナがいつでも僕の元に来られるように随分前から整えていた部屋。
それを知ったら、フィオナはどんな顔をするだろう。
きっと、迷惑をかけたと申し訳なさそうに、肩をすくめるに違いない。
彼女は、自分のことよりも、他の人を気遣う優しい人だから。
眠りを妨げないよう、音を立てぬように扉を開け、静かに部屋を後にした。
今はただ、フィオナが穏やかに夜を過ごせるよう、願いを残して。




