21話
手当てをしてくれたメイドが用意してくれた寝衣に着替える。
ドレスを脱ぎ、髪を解くと、思わずほっと息が漏れた。
改めて室内を見回すと、客用に整えられた部屋なのだろう。
豪華な調度品が、どれも品良く配置されている。
ベッドの縁に腰掛け、きょろきょろと辺りを見回していると、控えめなノックの音がした。
扉を開けて入ってきたのはアディエルで、両手には湯気の立つカップを二つ持っている。
包帯の巻かれた私の足元に視線を落とすと、ほっとしたように笑った。
「不便はない?」
「うん」
アディエルはベッドサイドのテーブルにカップを置き、一つを私に差し出してくれる。
受け取ると、ふわりと華やかなジャスミンの香りが漂った。
少し冷ましてから口をつけると、その温かさが身体の奥まで染み渡る。
アディエルは椅子を引き寄せ、ベッドの脇に腰を下ろすと、同じようにカップに口をつけた。
その横顔を、ぼうっと眺めていると、不意に視線が合う。
「どうしたの?」
「なんだか……現実味がなくて」
「ん?」
首を傾げ、続きを促すアディエル。
「こうしてアディエルとお茶を飲んで、ほっとしている自分が……不思議で」
アディエルは何も言わず、ただ静かに話を聞いてくれる。
「もしかしたら、今は夢の中で……気づいたら、また舞踏会の朝に戻るんじゃないかって」
セレーナとレオリオの姿が脳裏をよぎり、思わず目を閉じた。
――ぎゅっ
突然、頬に走った痛みに驚いて目を開けると、アディエルが私の頬を軽くつねっていた。
「痛い?」
「……いたい、です」
「ははは。じゃあ、夢じゃないね」
そう言って、つねっていた手を離す。
その指先が、そっと頬を撫でた。
まるで、痛みを慰めるように。
頬に残る微かな痛みが、これは現実なのだと教えてくれる。
セリーナから、レオリオから、両親から、そして周囲の視線から――
私を追い詰めていたすべてのものから、今は離れられている。
あの時、アディエルが見つけてくれなければ、こんなふうに落ち着いてお茶を飲むことなどできなかっただろう。
「アディエル……ありがとう」
「うん」
優しく微笑むその顔につられて、私の頬も自然と緩む。
――と、そこで、はっとした。
「私、公爵様と夫人にご挨拶してない!」
慌てて立ち上がろうとした瞬間、足に痛みが走り、身体がふらつく。
すぐにアディエルが支えてくれた。
「まったく……フィオナは真面目だけど、そそっかしいよね」
肩を抱きながら、わざとらしく呆れた声を出し、再びベッドに座らせてくれる。
「でも……」
貴族の子女として、礼儀作法は幼い頃から叩き込まれてきた。
突然の訪問、それも公爵家に、挨拶もなく滞在するなんて――。
そんな私の不安を察したのだろう。
アディエルは優しく微笑み、そっと頭を撫でた。
「心配しないで。フィオナのことは、両親には伝えてあるから」
何と伝えたのかは気になったが、家主に無断で居座っているわけではないと知り、少し胸を撫で下ろす。
「それに、今夜は宮殿に泊まっているから、帰ってこないんだ」
不安と安堵が次々に入れ替わる私の表情が可笑しいのか、アディエルはくすくすと笑いながら教えてくれた。
「なら……明日お戻りになったら、ご挨拶させて」
「ああ」
そう答えると、アディエルは私をそっとベッドに寝かせる。
「余計なことは考えないで、今日はゆっくりお休み」
トン、トン、と優しく叩かれる手が心地よい。
それでも、目を閉じるのが少し怖くて、思わずアディエルの手を掴んでしまった。
アディエルは嫌な顔ひとつせず、微笑む。
「寝るまで、話していようか」
そう言ってベッドに腰掛け、手を動かしながら、他愛のない話をぽつりぽつりと語ってくれる。
手当てをしてくれたメイドの名前はマーシャで、幼い頃は悪戯をしてはよく怒られたこと。
出迎えてくれた執事のデンゼルは、勉強をサボって隠れていると、必ず見つけに来たこと。
その声があまりにも心地よくて、私はいつの間にか意識を手放し、深い眠りへと落ちていった。




