18話
「お願い、アディエル……私と、結婚して……」
遠くでは王宮音楽隊が軽やかなワルツを奏でていた。
社交シーズンの幕開けを祝う、華やかな宮殿の舞踏会。
人々は酒に酔い、楽しげに踊り、顔を寄せ笑い合う。
宝石が揺れ、絹のドレスが煌めく光の波
その眩い光景から逃れるように、私は庭の片隅に座り込んでいる。
ドレスが泥で汚れるのも気にせず、目の前の男の腕に縋りつき、泣きじゃくる自分は、なんて惨めなんだろう。
もう枯れたと思っていたのに、涙は次から次へと溢れ出て止まらない。
目の前の男ーー
アディエル・ランフォードは困ったように微笑みながら、懐から取り出したハンカチで私の涙をそっと拭った。
「いいよ、フィオナ……結婚しよう」
優しく落とされたその言葉に、さらに涙が溢れ出す。
「……なんで、いいよなんて、言うの」
涙に濡れた目で睨みつけても、アディエルは微笑んだままだった。
「……僕が先に言ったんだよ。僕のところにおいでって」
こうして、私の罪悪感を軽くしてくれるアディエルの優しさが、痛くて、甘い。
彼は苦笑いを浮かべながら、そっと私の手を取った。
「とりあえず、ここを出よう。……立てる?」
手を借りて立ち上がろうとした瞬間、ズキリと足に痛みが走り、思わず顔が歪む。
「ごめん、足、触るよ」
痛みに耐える私に、アディエルは心配そうに、そっと足を取った。
その手つきは、まるで割れ物にでも触れるようで、くすぐったい。
「フィオナ、靴は?」
「あ……走ったときに脱げちゃったみたい」
「足の裏、怪我してるじゃないか」
他人事のように答える私に、アディエルは少し呆れたように笑うと――
そのまま、私を抱え上げた。
「ちょ、ちょっと! アディエル!」
突然のことに驚いて暴れる。
「ほらほら、暴れると落としちゃうよ」
余裕の表情で笑うアディエルは、ぴくりとも動じていなかった。
力強さとは無縁だと思っていた彼の、新たな一面に、思わず見つめてしまう。
「僕だって、君を支えるくらいの力はあるんだ、よっと」
そう言って軽く抱き直され、その拍子に、思わずしがみついてしまう。
「そうそう。大人しくしてて」
「……私、重いでしょう?」
「はは。羽より軽いですよ、お嬢さん」
「……嘘ばっかり」
気づけば、冗談を言い合い、笑っている自分がいた。
(…ありがとう、アディエル)
そんな想いを込めて肩に顔を埋めると、アディエルの腕に、そっと力がこもる。
――まるで、それが返事であるかのように。




