15話
あれから、私は部屋で過ごすことが多くなった。
食事も家族と顔を合わせるのを避け、部屋まで運んでもらっている。
最初のうちは母やセレーナが心配して声を掛けてきたが、体調が悪いと告げると、それも次第に収まり、静かになった。
何度かレオリオがセレーナを訪ねて屋敷に来ているようだったが、そんな日は特に部屋に閉じこもり、気配が消えるのを待った。
紅茶を飲みながら本を読んでいると、来客の知らせが届く。
胸の奥で、嫌な音が鳴った。
一瞬、息が詰まる。
だが、その相手がアディエルだと知った途端、肩の力が抜けた。
ほどなくして、アディエルが部屋へやって来た。
「体調を崩したって聞いて、心配で来たんだ」
彼の手には、リンゴの入った小さな籠があった。
私の視線に気付いたアディエルは、微笑みながら一つ取り上げる。
「リンゴ、好きだったよね」
「……うん」
そんな話をした覚えはない。
それでも、アディエルは自然に知っていた。
彼はほっとしたように笑い、向かいの椅子に腰を下ろす。
「あ、その本。新刊が出たの、知ってる?」
私が手にしていた本に目を留め、話題を変える。
「ううん、知らなかった」
「本屋を何軒か回ったけど、どこも売り切れで参ったよ」
そう言って笑うアディエルにつられて、私も思わず笑顔になる。
こんな風に自然に笑ったのは、久しぶりだった。
短くなった髪を見ても、何も言わない。
何があったのかも、聞かない。
そのさりげない優しさが、胸に沁みる。
どれほど他愛ない話を続けていたのだろう。
気付けば、用意されたお茶はすっかり空になっていた。
「思わず長居しちゃったね」
アディエルはそう言って立ち上がる。
「アディエル、ありがとう」
彼と話しているうちに、重く沈んでいた気持ちが、少し軽くなっていた。
「どういたしまして」
そう微笑むアディエルを、玄関まで見送ろうと後を追う。
――けれど、部屋を一歩出ようとしたところで、足が止まった。
いつの間にか、部屋の外へ出ること自体が怖くなっている。
その事実に、自分でも驚いた。
立ち尽くす私に、アディエルが気付き、そっと近付く。
やさしく、短くなった髪を撫でられた。
「フィオナ。……もし、この家にいるのが辛いなら、いつでも僕のところに逃げておいで」
その言葉に顔を上げると、そこには穏やかな微笑みがあった。
言葉の意味を考えるより先に、アディエルは「ここでいいよ」と言い残し、帰って行く。
――この家を出る。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
けれど、セレーナの顔を見るたびに痛む胸。
そこから逃げられるのなら……アディエルの優しさに、すがりたくなる。
それでも。
それでは、彼を利用してしまう気がして。
私は小さく首を振り、その考えを胸の奥へ押し戻した。




