幕間
「ランフォード小公爵様、ご無沙汰しております」
「エリオン卿。騎士団で名を上げておられると伺っています」
フィオナがモンテーヌ伯爵家に出掛けていると聞き、王宮からの帰り道に立ち寄ると、出迎えてくれたのはローズマリー嬢の兄君であるエリオン卿だった。
「いえ、私などまだまだ未熟者ですよ」
そう笑うエリオン卿は、ローズマリー嬢によく似ていた。
「アディエル」
エリオン卿と当たり障りのない話をしていると、フィオナがやってきた。
少し照れたように顔を赤らめている姿が可愛くて、抱きしめたくなるのをぐっと堪える。
「ランフォード小公爵様、御機嫌よう」
「ご無沙汰しております、ランフォード小公爵様」
フィオナの友人であるローズマリー嬢とマリアンヌ嬢に挨拶を返すと、フィオナの肩を抱き寄せた。
「ローズマリー嬢、フィオナが世話になりました」
あの夜会の夜、傷付いたフィオナを保護してくれた礼を伝えると、ローズマリー嬢はにこりと微笑んだ。
「友人の助けになれたなら光栄な事ですわ。……ただ」
ローズマリー嬢は意味深な笑顔を浮かべると、ちらりとエリオン卿に視線を送る。
その視線を受けたエリオン卿は、ぎょっとしたように目を見開いた。
「お兄様と結婚してもらえなくて残念でしたけれど」
「ロ、ローズ!」
ローズマリー嬢の発言に慌てるフィオナの姿に、僕の知らない何かがあるのかと思わず、フィオナの肩に置く手に力がこもる。
「……妹が失礼なことを。申し訳ありません」
エリオン卿は頭を押さえながら謝罪の言葉を口にするが、ローズマリー嬢は気にする素振りもなく笑っている。
「フィオナ、いつでもお兄様の相手は空けておくから、何かあったらいつでも家に来てね」
「ローズ、頼むからやめてくれ……」
エリオン卿が懇願するが、ローズマリー嬢はまっすぐこちらに視線を向ける。
その表情は笑顔だが、瞳に宿るのはフィオナへの想い。
もう泣かせるな、という友人からの警告であろう。
こうしてフィオナの味方が増えるのは嬉しい。 けれど、フィオナの隣は誰にも譲る気はない。
「ローズマリー嬢、これからもフィオナの良き友人でいてくださいね」
覚悟を乗せた視線を送ると、彼女は柔らかく微笑んだ。
見送られ、馬車に乗り込むと、フィオナを引き寄せ膝の上に座らせる。
「ア、アディエル?!」
向かい合うフィオナが驚くように身動ぎするが、腕の中に閉じ込めて動きを封じ、目線を合わせる。
「フィー、どういうことか教えてくれる?」
エリオン卿との結婚など起こり得ないが、どうしてそんな話が出たのか聞いておかなくては気が済まない。
「そ、それは……」
視線を彷徨わせるフィオナの様子を見つめていると、彼女は一つ息を吐いて口を開いた。
「その……アディエルに自分の気持ちを伝えて……駄目だったらローズのお兄様と結婚してって言われたの」
思わず眉根に力が入る。
それは、エリオン卿がフィオナに想いを寄せているということなのか。
そんな僕に気付いたフィオナが、慌てた様子で首を振った。
「結婚すれば、私と姉妹になるからって!」
慌てるフィオナと、先程のエリオン卿の様子を考えれば、ローズマリー嬢の思いつきなのだろう……しかし。
「……フィーは、騎士の方が好き?」
情けなく漏れた呟きに、自分でも呆れてしまう。
頼れる、落ち着いた男でいたいのに。
フィオナに関わることだと、こうして些細なことで嫉妬して、子供のように拗ねてしまう。
情けなさに視線を逸らすと、フィオナがそっと抱きついてきた。
「……エルがいい」
囁くような呟きに視線を戻せば、真っ赤になったフィオナの耳が目に入る。
「騎士でも、なんでも……エルじゃなかったら意味ないもの」
フィオナの告白に胸が締め付けられる。
溢れ出る喜びに溺れてしまいそうだ。
「フィー」
名を呼ぶと、そろりと顔を上げるフィオナ。
胸元に収まり、上目遣いで見上げる彼女の目元は赤く染まっている。
その赤にそっと口付けを落とすと、ふるりと震えるフィオナの身体を一層抱きしめた。
風をも通さないこの距離が、永遠に続けばいいのに。
全身に伝わるフィオナのぬくもりを噛み締めながら、フィオナに口付けの雨を落としていく。
今はまだ触れられない場所に、早く触れたいと思う欲望を、そっと胸の奥に押し込めながら。




