102話
「フィオナ、いらっしゃい」
お茶会の会場へ足を踏み入れると、セレーナがにこやかに出迎えた。
陽の光を受ける金糸の髪。
風に揺れる淡い桃色のドレスがよく似合っている。
嬉しそうに微笑む姿は、まるで絵画のように美しい。
――けれど。
私はそっと、自分の胸を押さえた。
セレーナを前にすると、無意識に自分と比べ、卑下する気持ちが湧き上がる。
いつもなら、そうだった。
けれど今日は、驚くほど胸の奥が凪いでいた。
「フィオナ?」
動かない私に焦れたように、セレーナは私の腕を掴む。
加減のない力に思わず眉を寄せるが、彼女は気にする様子も見せなかった。
席に着くと、数名の令嬢が挨拶をしてくれたが、その表情はどこかぎこちない。
理由を考える間もなく、セレーナの号令でお茶会は始まった。
「フィ、フィオナ様。ご婚約、おめでとうございます」
一人の令嬢がおずおずと声を掛けてくる。
「ありが――」
「私も、フィオナの婚約が嬉しいわ」
私が言い切るより先に、セレーナが口を開いた。
「でも、心配しているの。フィオナは、私がいないと何もできない子だから」
そう笑いながら、私の手を取るセレーナ。
その言葉の端に滲む違和感に、胸の奥がざわついた。
私はそっと手を引き抜き、ティーカップに手を伸ばす。
同席する令嬢たちの顔を見れば、皆どう反応すべきか分からず、困ったように視線を彷徨わせていた。
そんな空気に気付いていないのか、あるいは気にも留めていないのか。
セレーナの言葉は止まらない。
「でも、アディは優しいから、安心ね」
その名を聞いた瞬間、指先がわずかに震えた。
視線を向けると、セレーナは両手で頬を包み、懐かしむように目を細めている。
「ふふ。子供の頃から、アディは何でもやってくれて。 『セレーナは何もしなくていいよ』って、いつも言ってたの」
頬を染めて微笑むその姿に、胸の奥から熱いものが込み上げる。
未だに愛称で呼ぶことが、腹立たしい。
まるで恋人の思い出話でもするかのような、その仕草が。
「ふふ。レオリオが現れなければ、私と結婚していたかもね」
その言葉で、私の中で何かが弾ける音がした。
乱暴にティーカップを置き、立ち上がる。
私は座ったままのセレーナを見下ろした。
「アディエルと結婚するのは、私よ。セレーナ」
いつもより低い声に、セレーナは驚いたように目を見開く。
「それから――アディエルは、私に『何もしなくていい』なんて言わない」
私の知っているアディエルは、気を遣ってくれる人だけど、“何も”しなくていいとは言わない。
私にできることを知っているから。
私の言葉に、耳を傾けてくれるから。
共にサハル王国を迎える準備をした日のことが、脳裏をよぎる。
あの時、私が感じたのは確かな信頼だった。
私たちは、どちらか一方が尽くす関係ではない。
互いに支え合う関係。
「それって、フィオナが大切にされていないってことじゃない?」
いつの間にか、セレーナはいつもの微笑みを浮かべていた。
まるで、自分の方がアディエルに想われていると言いたげに。
けれど、不思議と怒りは湧かなかった。
「違うよ、セレーナ」
「え?」
「『何も』しなくていいのは――信頼されていないからだよ」
私は静かに、けれどはっきりと告げた。
今まで、常に私の“上”にいたセレーナ。
その差に、ずっと苦しめられてきた。
けれど、自分の見方さえ変えれば――
その“差”は、もしかしたら最初から存在しなかったのかもしれない。
固まってしまった令嬢たちに短く詫びを告げ、私は踵を返した。
庭園を抜け、公爵家の馬車へ向かう途中で、母に挨拶していないことに気付く。
けれど今日は、もうここにいたくなかった。
馬車に乗り込み、扉が閉まると、ようやく全身の力が抜けた。
セレーナの態度や言葉が、次々と思い出される。
それを振り払うように頭を振ると、残った想いは一つだけ。
――早く、アディエルに会いたい。




