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選ばれなかった、私たち  作者: おはよう


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101話


「……仕事に行きたくない」


アディエルは心底嫌そうにそう呟くと、ぎゅうっと抱きついてきた。


私は宥めるようにぽんぽんと背中を叩くが、アディエルは離れようとしない。


「お休みが終わっちゃったんだから、しょうがないじゃない」


そう言うと、アディエルはますます腕に力を込めた。


アディエルの部屋まで見送りに来たものの、先ほどからこのやり取りの繰り返しだった。



アディエルの休みだった三日間、私たちはたくさんの時間を共に過ごした。


湖へ行き、そのあとは街を散策し、演劇を観た。

夜は遅くまで語り合い、眠りにつく直前まで一緒だった。


隣に目を向ければ、いつでもアディエルがいる。

そして、その瞳に映るのは、私だけ。


アディエルを独り占めするような時間は、まるで夢のようだった。


私だって、彼を見送るのは寂しい。


けれど、忙しいアディエルを引き留めることはできない。


やっとの思いで身体を離すと、ふとアディエルの上着のポケットが膨らんでいるのが目に入った。


まさか、と思い、そっと中を覗く。


すると、ポケットに大人しく収まったひよこのぬいぐるみと目が合った。


「……この子も連れて行くのね」


思わず苦笑いを漏らすと、アディエルは当然だと言わんばかりに息を吐く。


「人間のフィーは連れていけないからね」


そう言って、ポケットからひよこを大切そうに取り出し、指先で頭を撫でた。


そのあと、何かを思いついたように笑うと、ゆっくりとひよこに顔を近づける。


そして、ひよこの嘴に、優しく口付けた。


――まるで、見せつけるように。


その瞬間、かっと熱が広がり、思わず自分の唇に手を当ててしまう。


その様子を見つめたアディエルは楽しそうに目を細め、再びひよこに口付ける。


一度、二度、三度。


繰り返されるたびに、妙に面白くない気持ちが湧き上がった。


頬を桃色に染めるひよこが、なんだか……憎たらしい。


思わず、アディエルの手から乱暴にひよこを奪うと、そのままポケットに押し込む。


「あっ」


驚いたように声を上げるアディエルをよそに、私は顔を逸らした。

――まるで、拗ねるように。


「フィー、やきもち?」


逸らした顔を、アディエルは優しく両手で包むと、瞳を覗き込む。


その表情はひどく嬉しそうで、思わず睨みつけるが、アディエルはくすくすと笑い、額に口付けを落とした。


その、宥めるような優しい口付けに、ぬいぐるみ相手に拗ねる自分が恥ずかしくなり、そっと力を抜く。


「フィー、可愛い」


そう呟くと、アディエルは自分の頬を、とんとん、と指先で叩いた。


――それは、いつの間にか出来上がった、二人だけの合図。


私は恥ずかしさに顔を赤らめながら、背伸びをして、アディエルの頬にそっと口付けを落としたのだった。



その後も、子供のように駄々をこねるアディエルをなんとか宥め、私は彼を仕事へ送り出した。


ひとりになってから、呆れるように小さく笑ってみる。


けれど、本音は嬉しくて仕方がなかった。


好きな人に求められるというのは、こんなにも擽ったくて、甘いものなのか。



緩んでしまいそうな口元を必死に引き締め、私は自分の部屋へ戻った。


扉を開けると、そこにはレイラが立っていた。

その手には、一通の手紙が握られている。


レイラの瞳は、不安げに揺れていた。


「レイラ、どうしたの?」


心配になって声をかけると、レイラは一瞬ためらうような素振りを見せたあと、そっと手紙を差し出した。


受け取り、差出人を確認した瞬間、胸の奥でどくりと嫌な音が鳴る。


――セレーナ・ソラリス。


慌てて中身を確かめると、そこには今日のお茶会に来るよう、短くしたためられていた。


伺うでも、誘うでもない。

まるで、最初から決まっていることのような書きぶりに、思わず眉根を寄せる。


「若旦那様に、お伝えしますか?」


心配そうに問いかけるレイラに、私はゆるく首を振った。


休み明けのアディエルは、きっと業務に追われている。

そんな彼に、心配をかけるのは気が引けた。


それに――行き先は、自分が生まれ育った家だ。

大事になるとは、思えない。


「……大丈夫」


そう微笑んでみせたけれど、レイラの表情から不安の色が消えることはなかった。



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