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選ばれなかった、私たち  作者: おはよう


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97話


「……もう、なってるよ」


精一杯力を込めたつもりだったのに、震える声はか細かった。

けれど、その言葉は確かにアディエルへ届いたようで、彼は驚いたように目を見開く。


「フィオナ、それって……」


じわりと頬を赤く染めるアディエルの顔を、直視できなくて、思わず視線を逸らしてしまった。


アディエルはそっと手を伸ばすが、指先が触れる前に、その手は離れてしまう。


再び視線を向けると、アディエルの瞳は不安そうに揺れていた。


「それは、その……つまり……」


歯切れ悪く言葉を探すアディエルを見て、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


私は意を決して、離れていった彼の手を強く握りしめた。


「私も、アディエルのことが……好き」


想いを口にするのは、こんなにも緊張するものなのか。

指先が震えているのが、自分でもはっきりと分かる。


それでも――初めて、自分の気持ちを伝えられたことが、嬉しかった。


「その“好き”は……どんな、“好き”?」


握ったアディエルの手に、微かに力が込められる。

まさか、自分がした質問を返されるとは思わず、胸の中で小さく苦笑した。


「……今すぐに抱きしめてほしくて、誰にも渡したくなくて……他の人があなたに触れると、涙が出て……」


そこまで言うと、アディエルは私の手を引き寄せ、力強く抱きしめてきた。


「フィオナ、本当に? 本当に、僕のことが好き?」


「……うん」


不安げに問いかけるアディエルの背に、そっと腕を回すと、彼の肩が小さく揺れた。


「……でも、避けてた……」


拗ねたような呟きに、思わず視線が泳ぐ。


「……だって……欲張りになっちゃう」


「え?」


アディエルはがばりと身体を離し、真正面から私を見つめてきた。


恥ずかしくて目を逸らしたくなるのに、その真剣な眼差しに縫い留められたように、動けなかった。


「……アディエルの側にいると、全部、独り占めしたくなるの。……それに、心臓がドキドキして、爆発しちゃいそう……」


最後まで言い切る前に耐えきれなくなって、俯いてしまう。

自分の心の内をさらけ出すのは、やはり恥ずかしかった。


「…………」


沈黙に不安を覚えて顔を上げると、アディエルの顔は、先ほどよりもさらに真っ赤になっていた。


「フィオナ……」


囁くように名を呼ばれた次の瞬間、私はまたアディエルの腕の中に閉じ込められる。


「僕もだ。……僕も独り占めしたいし、心臓が爆発しそうになる」


アディエルの胸に耳を当てると、そこには早鐘のような鼓動が響いていた。


ふと視線を上げると、赤く染まったアディエルの頬が目に入った。


不意に――セレーナに触れられていた場面が脳裏をよぎる。


思わず、指先でその場所を強く擦ってしまった。


「フィ、フィオナ?!」


驚いたようにアディエルが声を上げるが、手を止めることができない。


しばらくして、堪らずといった様子で、アディエルは私の手をそっと掴んだ。


「フィオナ。……嫌なことがあるなら、教えて?」


宥めるようなその声に、自分が子供っぽく思えてしまう。


それでも――


嫌なことは、嫌だと言っていい。

ローズはそう教えてくれた。


そして今、アディエルも、こうしてちゃんと聞こうとしてくれている。


一つ息を吐き、意を決して口を開いた。


「……セレーナが、触ったから……」


囁くように告げると、アディエルが息を呑む気配が伝わってきた。


そっと、彼の手が私の頬に触れる。


親指で目尻をなぞられ、擽ったさに思わず目を閉じた。


「……ごめん」


真剣な声に目を開けると、アディエルはひどく思い詰めた表情をしていた。


「君が不安になるようなことは、何もなかった。……でも、誤解させるようなことをして、本当にごめん」


その真摯な謝罪に、胸の奥が少しだけ軽くなる。


――けれど。


「……もう、二人きりで会わないでほしい」


そう伝えると、アディエルは両手で私の頬を包み込んだ。


「誓うよ。……もう、彼女とは会わない」


「……セレーナ、だけ?」


思わず零れた本音に、アディエルは驚いたように目を見開く。


「違う! もう、フィオナ以外の女性と二人で会わない! 一生!」


捲し立てるように言い切るアディエルの顔は、必死だった。


胸の奥が、じんわりと温かくなった。



「……公爵夫人とも?」


大袈裟な言い切りに思わずそう尋ねると、アディエルは迷いなく力強く頷いた。


「フィオナが嫌な気持ちになることは、何一つしたくない」


その真剣すぎるほどの表情に、思わず笑みがこぼれる。


「夫人と会っても、嫌な気持ちにはならないよ」


くすくすと笑えば、アディエルの強張っていた表情が、ふっと緩んだ。


そっと、重ねられる額。


鼻先が触れ合うほどの距離。


恥ずかしいのに――胸の奥が、嬉しさで満たされていく。


少し迷うように、アディエルは口を開いた。


「……フィオナの嫉妬が嬉しいって言ったら……怒る?」


至近距離で視線が絡む。


照れくさそうに微笑むその顔は、本当に幸せそうで――


怒れるはずがなかった。


ゆるく首を振ると、アディエルはさらに目尻を下げ、心底嬉しそうな表情を浮かべる。



「ねぇ、フィオナ」


囁く吐息が頬を掠め、触れたところから熱が広がった。


アディエルはほんの少しだけ顔を離し、伺うような視線を向けてくる。


「キス……してもいい?」


包み込む手の指先が、そっと唇をなぞる。


心臓が大きく跳ね上がった。


私は、アディエルの瞳を真っ直ぐに見つめ――静かに口を開く。



「……駄目」


その瞬間。


アディエルは、がくりと力が抜けたように、その場に膝をついたのだった。



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